猫にごはん

 

 

 

 

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2006年1月 アーカイブ

2006年1月 1日

Happy new year!

アメリカにいるからたいしてお正月の準備もできないし(←言い訳)、と言い続けて、今年で4回目のお正月になった。
大晦日から元旦にかけてJと2人で作ったものは、年越しそば、太巻き、軍艦巻き、豚の角煮、煮豚、きんぴら、なます、お雑煮など。たいしてお正月料理らしくない。だらだらとさまざまなアルコールを飲みつづけて、飲んだり、寝たり、お正月が始まる前から寝正月の模様。ま、猫と一緒にまったりしましょ。
元旦の朝ご飯。 → 元旦の朝ご飯。

お正月の朝だけは、とっておきの日本酒(『雨後の月』!)で乾杯した。アメリカのテレビは日本と違って、お正月番組らしいものはないので、DVDで『24』づけになる。あぁ、頭の中からピピーッピピーッという秒読みの音が離れないー。

こんなのんきな私たちですが、今年もがんばって適当なペースで更新していきたいと思っております。
みなさまあけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
今年もよろしくね。 → 今年もよろしく。

2006年1月 4日

首輪のあと

今年初めてのボランティアだ。年末にいっきに数匹の猫がもらわれたので、年明けの今日ケージはがらがらだ。この猫はちょっと難しかろうと、みなが思っていた、専用の特別猫缶を水で割ったものを1日4回与えなければならない肝臓病のトビーも、大晦日の晩に里親がみつかった。たいしたものだ。
Jewel → Jewel

猫が少ないので、今日はゆっくりブラッシングしたり遊んだりできる。この写真の白猫はジュエル(Jewel)という。ジュエルはたいへん大人しく弱々しく、何をされてもじっとしていて、ほとんど動くことがない。まだ1歳の若い雌猫で、年からいうと元気いっぱいのはずなのに、遊ぶこともせず、いつも心なしか寂しそうに座っているだけだ。
しかし、今日ジュエルのケージの前でしばらくじっと座っていると、そろりそろりとやってきた。私の服のにおいをかいだあと、ためらいもなく膝の上に乗り、くるりと丸まったではないか。なで始めると、喉をゴロゴロ鳴らす。人間の膝に乗り慣れていて、いかにも人に飼われていた様子だ。
この猫は本来美しい真っ白の長毛猫だが、ここに来てから2週間くらいの間で、みるみる毛艶が悪くなった。もはや自分で手入れもあまりしていないようで、毛もひどくもつれている。来た当初はもっとずっときれいだったのに。餌もほとんど食べないで、見るからにひどく落ち込んでいるようなのだ。
ボランティア先の猫で、いつも哀れに思うのは、首輪のあとがある猫。これは飼い主に捨てられたという明白な証拠だ。以前はどこかの家の中で首輪をつけてもらい、かわいがられていたはずなのに、今は捨てられて首輪もなくなり、こんな狭いケージの中にいる。それでも長いこと毛皮にうまっていた首輪のあとは、めったなことで消えるものではないのだ。うちの猫たちだって、シャンプーしたあとでも、いつも首輪のあとが残っている。
ジュエルにもしっかりと首輪のあとがある。

私のボランティア先であるFOCAS(Friends of County Animal Shelters) という団体で、昨年度もらわれた猫の総数は562匹。安楽死もちろん0匹。1日平均約1.5匹里親がみつかっているのだ。この数字は前年度と比べると186匹増えているので、大躍進といえよう。

驚くほど軽くて小さなかわいいこの猫が、なぜ捨てられてしまったのかさっぱり理由は分からないが、どんどん元気がなくなって、ただあきらめきったような目をしているこの姿をみると辛い。
大丈夫。きっと新しいもっと良い飼い主が見つかるはずだよ。

2006年1月 6日

大人の階段

マルコさんのお友達Aさん宅での月例マージャン大会に初参加させていただいた。Aさんはすばらしく準備万端な方で、各自の袋入りお菓子パックもきれいに整え、各所にゴミ箱やコースターを配置し、点数や組み合わせなども考え、雀荘のセッティングに全く余念がない。この方は日本からマージャンセットを持参してらしたのだ。すごい。
私のマージャン経験はとても乏しく、テレビゲームでしかほとんどやったことがないので、最初にパイを積んだりするのができないところがかなしい。なんて久しぶり。
結局半荘3回で、6人で代わる代わる、連続10時間もマージャンをやっていた。10時間も一つの椅子に座りつづけているなんて、普通の状況ではありえないのに、こういうときは全然平気なのがすごい。
夜がしらじらと明けはじめたばかりの一日の始まりの時間に、精根使い果たして帰宅の途につく。長時間飲み疲れたときとはまた違う、妙な達成感と連体感、おまけにすがすがしさがあるところが不思議だ。今このとき、私は徹マン(徹夜マージャン)明けなのだ、と思うと大人の階段を一歩登ったような気分。そしてなぜか翌日(当日か)、使っていなかったはずの左肩が筋肉痛で痛くなった。徹マンと何か関係があるのか。
それにしても、まさかアメリカにきてやるとは思わなかったなぁ、マージャン。あー楽しかった。
流し満貫成立直後。 → 流し満貫成立直後

2006年1月10日

付箋紙の怪

うちには常時数種類の付箋紙(ポストイット、Post-it)が、いつでも手に取れるところに置いてある。もちろんメモにも使うが、いつも愛用しているのが、本のしおり代わり。ポストイットだとしおりと違って、本を読んでいる最中でもどこかへ行ってしまうこともないし、何よりどのページの何行目まで読んでいたかがすぐに分かるので、たいへん便利だ。特に英語の本の場合は必需品といってもいい。日本語と違って、さっと目を通してそのページのどこまで読んだかなんてすぐに分からないので、場所を指示してくれるポストイットは圧倒的に便利だ。

しかし、我が家には恐ろしいいたずら者がいる。せっかく貼り付けたポストイットを、いちいち剥がしてまわる、そんなやつがいる。
そんなことをするのは、そうもちろんソフィー。
何これ邪魔ね。 → 何これ邪魔ね。

本が開いてあったら、手でちょいちょい遊んではがしてしまう。閉じた本ならはみ出ているびろびろした部分をかじってしまったり、口でひっぱりだしてしまうのだ。昨夜読んでいた本に貼り付けたポストイットは、翌朝起きてみると、無残に引き出されて床に投げ捨てられている。テキストの大事な部分には、何箇所にも貼って置いたりしたのに...。しくしく。
そのときの私のあまりにショックだった様子が面白かったらしく、最近ソフィーのマイブームになりつつあるのだ。猫飼いの家ではポストイットも使えないのか。うぅ、お願いだからやめてください。
ふっ、また今日も1枚剥がしてやったわ。 → ふっ、また1枚剥がしてやったわ。

2006年1月11日

眠る猫と夢みる猫

猫の睡眠時間は一日平均14時間以上あるという。飼い猫の場合もっと長く、16~18時間も眠るそうだ。
つまり一日の大半を寝て過ごす。言い換えれば、一日中眠くてしょうがない。要するに、寝ずにはいられない。とにかく眠くて眠くて仕方がない猫たち。
これは、寝ることだけが唯一の仕事で、邪魔をされるのが大嫌いなソフィーお嬢さまの写真。
眠いんだったら。 → 眠いんだったら。

いったん寝てしまうと、体をぴくぴく痙攣させたり、寝言を言ったり、いびきをかいたり、悪夢を見て突然怯えて目が覚めたり、何しろ深く深く眠ってしまうこの猫。
ヒョウに襲われても、寝ている。
お願いだから寝かして~。 → お願いだから寝かして~。


そんな眠いソフィーを尻目に、夢みる黒猫ノア。この猫は、眠りもせずに目をぱっちり見開いて、ただただぼーっとしていることが多々ある。
さっきの煮干おいしかったなぁ。 → さっきの煮干おいしかったなぁ。

きらきらと遠い目をしながら、いったい何を考えているのか夢みる少年よ。しかしおそらく何も考えていないに100カノッサ。
またあとで煮干もらえるといいなぁ。 → 011106_1.jpg

2006年1月15日

砂漠で遊ぶ

サンディエゴから車で約2時間半。(『24』のシーズン2ではたいへんな目にあってしまった例の)モハベ砂漠の隣に、Joshua Tree National Parkという国立公園がある。ここにはJoshua Treeという砂漠に群生する植物がたくさん生えている。たくさんというのは、それこそ果てしなく、地平線の向こうに見える山のかなたまで、ずーっと一面にこの木だけが生えている。松とサボテンを足して2で割ったような奇怪なこの木は、Yucca Brevifoliaという名前でユッカの仲間なのだそうだ。
これがジョシュアツリー。 → これがジョシュアツリー

ここは、ロッククライミングでも有名な場所で、たぶん人によると、いかにも登ってみたくなりそうな大岩がそこかしこにある。
この公園には、以前も一度遊びに来たことがある。覚えているのはものすごく暑かったこと。真夏の砂漠は、それこそこのまま焼けてカラカラに干からびてしまいそうなほどの暑さだった。今日ここへ行こうと思ったのは、ロッククライミング、ではもちろんなく、自転車に乗ろうと思ったのだ。この国立公園内はきれいな舗装道路が、車で通り抜けるだけで1時間以上もかかるほど、長く続いているのだ。
ほんとに登っている。 → ほんとに登っている。

ハイウェイを降りてから途中の、その店だけ信じられないほど地元の人で混んでいる(イコールたいへんおいしい)ハンバーガー屋さんに寄る。ここで食べたズッキーニフライのあまりのおいしさに、その後何度真似して作ってみたことか。久しぶりに食べるズッキーニフライは相変わらず山盛りで、非常においしかった。ハンバーグも文句無し。アメリカ料理は、こういうものが本当においしい。このボリュームとそっけない味付けと肉の絶妙な焼き具合は、簡単なのに真似ができないのだ。確か以前は食べきれずに、残りを持って帰ったはずなのに、今回は2人でぺろりと完食してしまった。アメリカ生活も随分慣れてきたということか(いいのかこれで)。

道すがら何度か嫌な予感はしたものの、着いてみて愕然とした。さ、寒い。砂漠の真ん中とはいえ、冬は寒いのだった。全く想定の範囲外。前回の暑さが身にしみていたので、自転車用の短パン、替えのTシャツ、スポーツドリンクなど各種取り揃えて持ってきたのに、外は凍えるような寒さだったのだ。一応薄手のジャケットを持って来てはいたが、周囲はスキージャケットを着込んでいる人もいるような寒さなのだ。
山頂がこれまた寒いこと。私たち以上に激しく勘違いして、ノースリーブ、タンクトップのアメリカ人もちらほら見かけたが、さすがの彼らもいかにも寒そうだった。
サボテンの黄色い花。 → サボテンの黄色い花。

せっかく持っていったので一応自転車には乗った。西部劇に出てくるような景色の、自転車のタイヤが回る音以外全く何の音もしない、永遠に続く砂漠のきれいな道を自転車に乗るのは、快適を通り越して快感ともいえる。気持いい~。しかしあまりに寒かったのでほんの少しだけ。ま、今日はこんなところで許してやるか。

011606_3.jpg

教訓 : 冬の砂漠をなめてはいけない

2006年1月17日

玉ねぎ猫

玉ねぎがたくさんあるとき、うちではいつも炒め玉ねぎを作ってストックしておく。玉ねぎの薄切りを、油でよーーーーく炒めて、冷凍しておくと、好きなときにオニオンスープやシチューなどがあっという間にできるのでたいへん便利なのだ。
大量に玉ねぎの薄切りを作るする作業が一番たいへんなのだが、前回日本に帰ったときに手に入れたスライサーを使えば、楽チン楽チン。日本の玉ねぎの3倍はあろうかという巨大な玉ねぎを、5つもスライスすると、うちにある一番大きな鍋からあふれ返らんばかりになる。これがどんどん小さく縮んで、ほんの一塊の濃いこげ茶色の塊に変わるまでよーく炒めるのだ。5時間くらいかかる。
ついでに残った半端な玉ねぎをフードプロセッサーにかけ、おろし玉ねぎを大量に作り、これは今晩のカレー用に、別鍋でこれまた茶色になるまでよーく炒める。こちらは量が少ないのでそれほど時間はかからない。
うちにあるフードプロセッサーは、いかにもアメリカ製らしく、かさばるし、恐ろしくやかましい。たぶん隣近所にも迷惑をかけていることだろう。長く使っているとそのうち難聴になりそうな予感もする。もちろん猫たちもこの音は掃除機についで大嫌いなので、使い始めると蜘蛛の子散らしたようにいなくなってしまうのも、いつものことだ。

玉ねぎを炒めている間、パンを作ることにした。先日ハンドミキサーの捏ね器(ニーダー、kneader)をはじめて使ってピザを作ってみたのだが、驚くほど簡単に捏ねができたのだ。だいたいパンは捏ねる工程が楽しいし、イーストが発酵して捏ねあがっていくときのにおいも好きなので、捏ねは手でやるものだと思って、今まで機械など使ったこともなかったのだった。しかしニーダーは使ってみると目を見張るほど便利で、それはもうあっという間に捏ねあがってしまうのだ。
1分足らずでこんなにできる。 → 1分足らずでこんなにできる。

15分かけて捏ねていたところが、ニーダーでものの2分くらい。なんの力もいらないし、ボールの中でできてしまうから捏ね台も汚れない。なんて便利なのだ。進歩の過程を一歩踏み出したかのような画期的さ。今までなぜ何年も使わずにいたのだろう。人の意見は聞いてみるものだよ。ありがとうJ。
出来上がりは、手で捏ねるよりもしっかり硬い感じだが、焼き上がるといつもと変わらず、問題なし。
今日は基本の食パン。 → 今日は基本の食パン。

静かな玉ねぎの炒め時間に入ると、ようやく隠れていたソフィーもでてきた。いつものように台所の隅に置いてあるごはんへ直行、かと思いきや、台所に足を踏み入れるなり、「うぎゅ」と妙な声をあげ、きびすを返して行ってしまった。どうしたのかと思って見ると、目をしばしばしばしばさせて、うるうると涙目になっているではないか。おぉ、猫も玉ねぎエキスで涙がでるのか。知らなかった。
猫も目がしばしば。 → 猫も目がしばしば。

かわいそうにソフィー、と抱き上げようと手を伸ばすと、私からもかなり玉ねぎエキスのにおいがでていたようで、近づくだけでさも嫌そうに全力疾走で逃げてしまう。そしてはるか彼方から、非難のまなざしでこちらをにらみつけている。なにもそんなに嫌がらなくても。ちゃんと手も洗ったのにー。怒ったソフィーはとうとうその午後はずっと毛布の中に隠れて、出てこなかった。ごめんよ~。
まだくさいわよっ! → まだくさいわよっ!


教訓 : 玉ねぎは猫に食べさせてもにおいを嗅がせてもいけません。

2006年1月21日

初めてのお留守番

週末おでかけの友人Kさん宅。はっぴー・こーのすけ(黒猫振興会会員№50)は初めての一人でのお留守番だ。3日間だけなので、猫は1匹でも特に問題はなかろうとは思うが、やっぱり初めてとなると気になる。餌がなくなり、お腹がすいて暴れるのではないかとKさんも心配する。Jと2人で、ちょっと様子を見に行くことになった。
家に入ってみると、こーのすけはいつもと変わらず堂々とソファーの真ん中でくつろいでいた。おぉよかった、大丈夫そうだ。しかしJが電気と間違えて、いきなりキッチンのディスポーザーのスイッチを入れてしまったため、突然の轟音に驚いてベッドの下へ逃げ込んでしまう。ごめんよー。
かなりたってようやく出てきたこーのすけ。ご飯を食べたり、水を飲んだり、ひとしきり忙しくしたあとは、床に転がってごろんごろんする。最近めったにこんな姿見せてくれなかったのに、やっぱりいつもよりもかなりフレンドリーだ。メー、メーと鳴いて(←ほんとにこう鳴く)、人について回る。かわいらしいこと。やっぱり一人ぼっちは寂しかったのだなぁ。

この姿を見ていると、約一年前、こーのすけを最初にシェルターからもらってきたときのことを思いだす。どの猫にしようかと悩んでいたKさんの前で、こーのすけただ1匹だけが、あまりきれいとは言えないシェルターの床の上で、こうしてごろんごろんと転がってみせていたのだった。5歳になる大人の猫が、見知らぬ人々の前で、本当に驚くほど人懐っこかった。
こーのすけは以前の飼い主に爪抜き手術をされてしまったので、両前足の爪がない。爪まで抜かれて、シェルターに捨てられてしまったこーのすけが、どんなにKさんの前で自らをアピールしていたかと思いだすと、今でもかわいそうでならない。その場でこーのすけを見初めてアダプションしたKさん。ようやく見つかった終の棲家に着くなり、こーのすけはうれしくてたまらないように、やっぱり激しく床に転がりお腹をみせていたものだ。
転がるこーのすけをブラッシング。 → 転がるこーのすけ。

しかし以後、かわいがられて過ごした1年の間、今日までめったにその姿を再び見せてくれることはなかった(案外現金なところが、いかにも猫らしくてよいではないか)。丸1日誰も人がいなくて、こーのすけも何か思いだしたのだろうか。久しぶりに床に転がるその様子は、私に1年前のシェルターのケージを思い出させるよ。
帰り際、普段クールなこーのすけも、今日は気のせいか心細そうに玄関を見やっていた。大丈夫だよ。明日にはもうKさん帰ってくるからね。もう少しお留守番がんばるのだよ。

2006年1月22日

サドル繋がり

暖かく天気のよい絶好の自転車日より。さっそく車に積んで、最近お気に入りのMission Bay ParkのFiesta Islandへ出発する。ここは芝生あり、海岸線あり、言うことなしのサイクリングコースなのだ。
今日は自転車のお供に、iPod shuffleを持ってきている。中にはiTunesからダウンロードしたお気に入りの曲が入っている。走り出して、さてスイッチオン。
ん?この聞きなれないギターはなんじゃ??ぎゃー、Cher(シェール)と間違えて、Char(チャ-)を落としてきてしまったー。しかも、シャッフルにしているはずなのに、なぜかいきなりCharが3曲も続いている。がーん。ショックのあまりサドルから落ちそうになる私。この広い南カリフォルニアの海辺で、たった今Charなど聞いているのは私一人に違いないと激しく確信する。

車での帰り道、ハイウェイであまり見かけない日本製らしき小さめのバイク数台が連なって走っていた。何やら怪しい合図をだしあっていると思ったら、おぉ、なんとウイリーを始めたではないか。それもみんなで一斉に。す、すごい。何のためにいったい。見る見る周りの車はスピードを落とし、怪しいバイクから離れて行く。しかしせっかく持っていったカメラで今日は一枚も写真を撮っていないことを思い出した私は、ぐいぐい近寄って運転しながら一枚パチリ。いかーん、うまく撮れん。ふと見ると、スピードは時速130キロを超えているではないか。こんなスピードでウイリーしたりサドルに立ち上がったりしているなんて信じられん。死ぬぞ。というかそんなスピードで写真を撮っているこっちも死ぬぞ。
必死の一枚。 → 必死の一枚。

2006年1月25日

使えなかったカメラ

Whineyという名前の黒猫が帰ってきた。この猫は返品されたわけではなく、ひどい風邪をひいたため、少しの間動物病院に入院していたのだ。そのわずか数日の間に、Whineyの身に起こったことは、胸が傷むようなむごいことだった。
遊び盛り、いたずらっ子のWhineyは、具合が悪くて入院したのに、まだまだ遊びたい。ケージから小さい手をいっぱいに伸ばして、遊んで遊んでとみんなにせがむのがいつものくせだった。
その日病院で、Whineyのケージの前を通りかかったのは、やはり具合が悪くて連れて来られた犬だった。運悪く、気の立っていた犬に、前足をがぶりと噛まれ、取り返しのつかない事態になってしまったのだった。慌てて獣医も止めたようだが、残念なことにもうどうにもならず、左前足を付け根から切断しなければならなかったのだ。
まだたったの生後6ヶ月の小柄なWhineyには、そのケージの柵は大きすぎたのではないだろうか。誰を責めても詮無いことだが、病院にいてこんな事故が起きるなんて今でも信じられない。

そのかわいそうなWhineyが、手術を終えて、今日帰ってきた。それは、ただ風邪をひいて入院したときとは比べ物にならないほど、見るも痛ましい姿だった。体半分毛を剃られて、小さい体に十数針もの縫い痕が生々しい。
しかし、Whineyの性格は何ら変わっていなかった。今でも恐ろしくやんちゃで、3本足でそこらじゅうを走り回り、大人の猫のケージに入り込んで勝手に餌を食べ、シャーシャー叱られながらも一人で遊んでいたりする。掃除中の猫トイレに、キャットタワーのてっぺんから飛び乗って、思いっきり砂を流しにひっくり返し、配管をつまらせたりしてしまうし...。でもね、どんないたずらしても全然怒る気にもならないよ。元気なその姿を見て、店の従業員もお客さんもとても喜んでいた。
ただ一度だけ、ガラス窓越しに通りかかった大きな犬を見て、恐ろしそうに震えていたね。かわいそうになぁ。今日はカメラも持っていったのに、何度写真を撮ろうとしても、なんだかどの姿も痛々しそうに写りそうで、どうしても撮れなかった。本当はこんなに元気一杯なのにね。

Whineyは今は毛を剃られてしまっているが、本来美しい真っ黒な長毛の、たいへんきれいな猫だ。今日もボランティア先に、見に来る人来る人が注目し、かわいそうにと同情を寄せる。折りしも、もう1匹交通事故で片足を無くした別な猫が、里親にもられたばかり。大丈夫、こんなにかわいい君だもの。3本足だって、きっとすぐに飼い主が見つかるはずだよ。がんばれ。

2006年1月26日

アメリカ猫の好きなもの

うちは朝ご飯はたいていトーストを食べる。パンにバターを塗っていて、ふと気づくと、ソフィーが横で期待するように、きらきらと目を輝かせて待っていることが多々ある。乳製品の大好きなアメリカ生まれのソフィーは、もちろんバターも大好き。指についたのを、ほんのちょっとだけなめさせれば、それで満足するのだが、これじゃ立派なバター猫だ。塩分が入っているし、毎日となるとよくないので、たまにしかやらないようにはしているのだが。

今日チーズケーキを食べていると、何かを察して、やっぱり来た。普段人間の食べているものには、めったに興味を示さないのに不思議だ。チーズのにおいがするのかなぁ。
これはカロリーが高いのであげないでいると、くれるまでいつまでもいつまでも、すぐ側でちょこんと座って、じーっと食べるのを見上げている。うーん、こうやって待たれていると弱いのよね。よしよし、ほんの少しだけお食べ。
チーズケーキ大好き! → チーズケーキ大好き!

ちなみにノアは、乳製品に全く興味を示さない。日本生まれのノアが好きなのは、煮干やかつおぶし。だし汁も好き。和猫っぽくてよろしいね。

チーズケーキはJも大好きなので、リクエストがあるとたまに作る。しかし私の作るチーズケーキはとっても高カロリーだ。何せ、生クリーム・クリームチーズ・サワークリーム・バター・卵・砂糖ですよ、あなた。分量は恐ろしくて人に明かせないくらい、どれもたっぷり入っている。ここ数日、あらたにダイエットブームが到来している我が家では、もっとも食べてはいけないものなのだった。さっ、早く全部食べきって、ダイエット始めなくては(←何か間違っている)。

2006年1月28日

アメリカの牛肉

旧正月(テト)の祝いでにぎわうカリフォルニア最大のベトナム人街、リトル・サイゴンに遊びに来た。ここには20万人以上のベトナム人が住んでいるそうで、そこかしこにベトナム語の看板が目立ち、ベトナムでよく被られている竹で編んだすげ傘をかぶった人までみかける。ここはいったいどこの国じゃ。
確か2年前のテトの日に遊びにきたときは、大パレードが開催されていて、旧南ベトナムの国旗が高らかに翻っていた。現在の共産主義ベトナム政府が出現したときに、ボートピープルとしてたどり着いた方が多いこの土地では、現政府が転覆するよう願うシュプレヒコールが口々に叫ばれていたのだった。

しかし今日はうってかわって、きな臭いムードはなく、ベトナムショッピングモールは大賑わいだった。アオザイを着ている人もたくさんいる。お正月なのですねぇ。このモールには何度か来たことがあるが、今日はたくさんの人だかりがそこかしこにできていて驚いた。何がびっくりしたかと言えば、この写真をクリックして拡大すると分かるように、チンチロリンのようなサイコロを使った賭博が平然と道端でおこなわれているのだ。いくらアメリカでもこれは違法ではないかと思われるのだが、大人も子供もみんなあっけらかんと、堂々と、これだけ多勢でやっているのだから、もしかしたらOKなのかも。
見ていると、賭けは単純で、6つの絵と同じサイコロの目(サイコロにも絵が書いてある)がでたら、勝ち。小額だが現金がばんばんやりとりされているので、迫力がある。見ていると周囲は100%ベトナム人。ここでの公用語はベトナム語のようなので、私たちはもちろん見てるだけ。叱られそうな気がしたので、こっそりと写真を一枚ぱちり。
このサイコロ賭博以外にも、いかにも怪しそうな人たちが、将棋のようなものもやっていて、なぜか大盛り上がりだった。怪しいな~。
盛り上がる路上賭博。 → 盛り上がる路上賭博。

ここにはお気に入りのPho(フォー)の店がある。フォーは、言わずと知れたベトナムのラーメンで、店によって味がずいぶん違うし、レベルも明らかに違う。ここはベトナム人でにぎわっているだけあって、ベトナムで食べたフォーの味に近いし、かなりおいしい方だ。野菜も新鮮。スープもたっぷり。牛肉もたっぷり。フォーにはPhoBo(牛骨スープ)とPhoGa(鶏がらスープ)があるが、私は牛骨スープのほうが断然好きだ。
日本ではアメリカからの牛肉輸入が再び停止になったが、アメリカ国内ではそんなこと誰もかまっちゃいない。どこでも牛骨は平気で売られているし、牛肉だってみんな食べている。
狂牛病のことはニュースでもやっているので、アメリカ人でも知らない人は少ないと思うのだが、スーパーの店頭から牛肉が消えたことも、吉野屋USAが牛丼販売停止したという話も、週末のBBQの牛肉が鶏肉に変わったなどという話も、とんと聞いたことがない。日本と違って恐怖心を煽るようなニュースをやったりしないためではないかと推測するのだが、それともアメリカ人がよっぽど気にしない性質なのか。
うちでは牛骨をわざわざ買ってきて、脊髄の部分からたっぷりでるおいしい牛骨スープを時間をかけて取ったりしているが、今のところ何ら問題はない。食べ物のことを心配し始めると、キリがないので、気にしないようにしている。ま、なるようになるでしょ。
アメリカ牛肉たっぷりおいしいフォー。 → アメリカ牛肉たっぷりおいしいフォー。

2006年1月30日

黒猫の秘密

前から気になっていたのだが、ノアの牙は長すぎやしないだろうか。どうも他の猫より長いように思う。普段でも牙が見えていることが多いし、こうして逆さまになっているとまるで鬼のお面のように2本しっかり見えている。黒いから白い歯が目立つだけなのだろうか。ソフィーは牙なんて見えていることないんだけどなぁ。
牙長い? → 牙長い?

しかし長すぎだからといって、いったいどうすればいいのだろう。すずめの頭をばりばり噛んだりする猫は、牙が伸びすぎないと、何かの本で読んだことがある。でもねぇ、そのためにすずめを捕まえてくるわけにもいかないし、なんてったって飼い猫なのだからそんなの絶対無理無理。骨とか硬い物を与えたって、猫はそんなもの食べるはずがないし。
昔いんこを飼っていたことがあるが、いんこだったら、イカの甲(ペットショップで売っている)を与えておけば伸び過ぎたくちばしのお手入れができる。こういう便利な道具が猫にもないものだろうか。

昨年歯石取りをしたとき、動物病院で恐る恐る聞いてはみたのだった。
「実はこの猫、ちょっと牙が長いように思うのですけど...。」
すると陽気なアメリカ人の看護婦は「Oh, yeah? Hahahaha!」とみごとに笑い飛ばしてくれたのだった。コミュニケーションが満足にできないと辛いのぉ。

ノアの秘密はこの牙が長いこと、ではなく、もう一つある。
実は小顔。
顔が大きいとよく人に言われる(ほんとか?)ノアだが、本当は小顔なのだった。頬の毛がふさふさしているので、ソフィーと比べるとどうも顔の大きく見えてしまうのだ。まるで日本人とアメリカ人の顔の大きさを比べているようで、自分のことのように哀れに思えるのだったが、実は違う。ほれ、こうすると。
とっても小顔。 → とっても小顔。

こんなことして猫で遊んでいるのは、もちろん私ではありません。これはJが毎日のように、こうすれば本当は顔が小さいんだよ、と言い聞かせている様子を撮った写真だ。
いいんだよ。顔が大きくたって、牙が長くたって、かわいいんだからね。安心をし。ま、別に本人は気にしている様子はないのだけどね。