いよいよ、友人Lが結婚する。
8年越しの超遠距離恋愛。初めてLから話を聞いたとき、このカップルが結婚にこぎつけるのはとうてい無理だろうと思っていた。実はつい最近までそう思っていた。というか、おとといLと一緒に彼を空港まで迎えに行き、実際に彼が空港にいたのを確認して、ようやくこれは本当の話なのだと実感したくらいだった。
8年間、彼を思い続けたLをほったらかしにした男。耳の聞こえないLにとって唯一といってよい接点のE-mailすら、コンピューターが故障した(!)といって送ってこなかった男。家族の反対に言い返すことすらできない男。そんな男に私はずっとむかついていて、Lにも何度も何度ももうあきらめろと言い続けてきた。結婚の約束をしたのだからと、8年も前の口約束(正確に言うと、『口』約束ですらないではないか!)を頑なに信じ続けてきたLに、どんなにやるせない怒りを覚えてきたことか。
私は信じられなかった。空港に本当に来るとも思えなかった。しかし来たのだ。はるばる飛行機に乗って、Lと結婚するためだけに本当に来たのだ。そして今日、結婚する。意志の強いLは当然のことのような冷静な顔をしているが、私のほうがいまだ驚き覚めやらず興奮してしまう。
結婚の届けは、County Clerk という、日本でいうと市役所のようなところでおこなう。土曜日もやっているのだ。やることは、届けを出すことと、宣誓をすること。
休日の役所は混んでいる。結婚する人の窓口と、固定資産税を払う窓口がすぐ隣に並んでいる。ウエディングドレスを着ている人のすぐ横で、子供を何人も連れた機嫌の悪そうなメキシカンが書類を書いていたりするのが、何だか笑える。結婚する人たちの着ている服も、正装の人からGパンの人までさまざま。国籍も年齢もいろいろで、とってもアメリカらしい。まさに人生いろいろだ。
人生いろいろ風景 →
書類仕事は特に問題なくあっという間に終わった。あとはceremony(宣誓式)。係員には、彼が手話で通訳をすると事前に伝えておいた。「I do.(誓います)」とだけ答えればよいのだと思っていたので、まぁ適当に通訳しているふりでもしていればいいのだろうと誰もが軽く考えていたが、これが大きな間違いだったと後に判明する。
黒いずぼっとした衣装を着たおばさんがあちこちにいて、忙しそうに執り行っている。なぜかみな同じような太った白人中年女性ばかりなので、最初はクリスマスシーズンのサンタクロースのような、バイトの一種かと思っていたが、よく考えたら、こんなところにバイトなどいるはずもなく、本物の判事に決まっているのだった。黒い衣装は法衣なのだ。そういう目でみると、とっても威厳のある判事たち。この人の前で宣誓を行う。
宣誓式は、アメリカ国旗が堂々と掲げられた小部屋で、判事を正面に、結婚する2人を挟んで証人2人(Jと私)が並んで行う。ここにいる5人は、判事を除いて、誰もが英語が母国語ではない。むしろ片言しかしゃべれない。
結婚の宣誓は、耳が聞こえなくてももちろん何の問題もない。ただし、完璧にすべての言葉を手話で通訳しなければならないという。考えてもみて欲しい。ただでさえ、外人には理解し難い宣誓文。英語で聞いた単語を、全て手話に直すのはとってもたいへんな作業なのだ。該当する単語の手話がない場合、もしくは分からない場合は、Finger Spelling(指で一文字ずつ 『P_L_E_D_G_E』 などと綴ること)をやらなければならないのだ。たいへん時間がかかる。プロの通訳でなければ、できるはずがない。途中で、紙に書いたのを見せるのではダメかと聞くが、自分たちの言葉で彼女に一文字ずつ伝えろという。
柔和な表情の判事は、しかし、一言たりとも抜かすことを許さない。忍耐強く、何度も何度も同じ単語を繰り返し、単語一つずつ、間違いなく手話をやっているかどうか、Lが理解しているかどうか見守る。
彼は必死だった。
がんばって、何度も聞きなおし、Finger Spellingを綴る。Finger Spellingは、例えば1字でも途中で間違ったスペルを綴ってしまったら、やり直して最初から綴りなおすのだ。気が遠くなるほど時間がかかる。我々の前にいたカップルなどものの数分で終わった宣誓式が、永遠とも思えるほど時間がかかる。
それでも2人はがんばっていた。
手話での宣誓風景 →
必死で手話を続ける2人の様子をみて、涙がでないはずがない。写真を撮らなくてはと思うのだが(写真はいつでも撮り放題)、涙でくもってどうしてもファインダーが覗けない。会うまでは、この男は嫌なやつだと思っていたが、がんばっているではないか。Lのために、がんばって理解しようとして、がんばって通訳している。
最後に「I do.」と手話ではっきりと答えたLを見て、本当にうれしかった。
おめでとうL。よかったねL。幸せになるのだよ。
ところで、心配していた証人の仕事は、何一つ質問もされず答える必要もなく、ただただ見守って最後にサインするだけだった。ふ~、よかったー。