猫にごはん

 

 

 

 

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2007年6月 3日

マラソンと日の丸

今年もまたマラソンの日がやってきた。一年は早いものだ。昨年は友達が4人出場したが、今年もまた2人も出場する。もちろん私は走ったりはしないが、沿道で応援するのもとても楽しみなのだ。
10周年になるサンディエゴロックンロールマラソン(San Diego Rock'n'Roll Marathon)はその名の通り、地元のバンドがポイントごとにロックンロールを大音量で演奏し、エルビスプレスリーの仮装ランナーが大勢参加するマラソン大会なのだ。ダウンタウンからスタートし、ハイウェイの上を走り、海沿いを走り、ミリタリーの基地にゴールする、たいへんサンディエゴらしいコースは去年と一緒だ。ハイウェイの電光掲示板には数日前から、マラソンのため閉鎖のお知らせが表示されていた。それをみて、もうすぐ友人たちがこの上を走るのかと思うと、出場もしないというのに何日も前から早くも感動的な気分に浸る私。
エルビス軍団はとても目立つ。 → 猫にごはん

前回沿道で応援してみて分かったのだが、もうすぐ友人がこのポイントを通過するはずだと分かっていながらも、あまりに大勢走っているので、案外見つけられないということが盲点だった。向こうから声をかけてもらわなければ、そのまま気づかずに通り過ぎてしまうところだったのだ。その失敗をふまえ、今年はちゃんと準備したのだ。
手作り日の丸。 → 猫にごはん

応援する側も目立たなければ、通過点で友人と会うのは難しい。メキシコの国旗やカナダの国旗などは、よく見かけるが、日の丸はそうはいない。しかも、プリンターで赤丸をがーっと印刷して、手作りも簡単にできることが良いではないか。
そして面白かったのが、沿道で日の丸を振っていると、声をかけてくる人がそれは多いことだ。旗を見つけるなり、近寄ってきて「コニチハー」「オゲンキデスカ」「ガンバッテ」などと知っている日本語で話し掛けてくる陽気なアメリカ人ランナーたち。応援しているこちらのほうが、がんばってと声をかけられてしまったよ。
「コイビトにアゲタイデス」と、一旦通り越したのにわざわざ引き返して旗を欲しがるランナーもいたので、結局手作り国旗は2本も人にあげてしまった。本当に彼は恋人にあの旗をあげたのだろうか。日の丸をもらった日本人の彼女は、さぞかしびっくりしたことだろう。想像して笑ってしまった。
手作りポスターで応援する人が多い。→猫にごはん

友達2人(マルコさんとトム)は2人とも見事4時間台で完走した。それはすばらしい計画通りのペース配分で走ってくれたため、3箇所の通過ポイントで待ち時間なしに2人に会うことができ、応援も充実できた。よくがんばったねぇ。おつかれさまでした。こちらもとても楽しかった。
疲れて歩くエルビス。 → 猫にごはん

ところでマラソンの前日は、これまた昨年同様我が家でカーボロードパーティー(パスタ祭り)を開催した。前の日に炭水化物をたくさん摂ることで持久力の持続に役立つのだ。というわけで、山盛りのスパゲティを、走りもしない私たちまで大量摂取。5人で1300グラムも完食したのだ。一人平均260グラム。日本の上品なレストランでは、一人前のパスタは80グラム程度だということを考えれば、すごい量だ。おかげで、このエントリーを書いている24時間後の今でもお腹がいっぱい状態の私。あぁぁ、このカーボを早く私も何かで消費しなければー。
盲目のランナーも見事ゴールイン。 → 猫にごはん

2007年5月19日

夜の運動

今日は一日よく遊んだ。
ずっと念願だったバッティングセンターに、この日初めて私は行ったのだ。学生の頃、球技大会などで、かろうじて一度はバットを触ったことがあるような記憶が、はるか彼方にあるのだが、もはやあまりにも昔のことなので思い出せない。一度はバッターボックスに立ってみたいという、果たせなかった願いがこのアメリカでようやく叶った(←大げさ)。
このサンディエゴにも、私が知る限り3軒のバッティングセンターがある。今日行ったのはその一つで、『Boomers!』という小規模遊園地兼ゲームセンターの中にある。バッティングセンターは全体が円形になっていて、その中心部分から放射状に、各ボックスへ球がでてくる仕組みになっているのだ。頭上にはネットが張ってあり、サンディエゴらしく屋外にある。
真ん中からボールがでてくる。 → 猫にごはん

ヘルメットとバット(どちらもかなりしょぼい)を借りて、いざ打席へ。しかしその前に、他の人のボールに合わせて、素振りも10回ほど行う。バッターボックスに立つと、『Very slow(すごくゆっくり)』の球のコーナーなのに、かなり速く感じるものだ。全部空振りするかもと思ったが、思いのほか当たるものだ。30球のうち、快心の当たりは1球、空振りが1球。うーん、こんなものか。しかしすごく楽しい。いいストレス発散にもなる。これだけ楽しめて2ドルなら安いものだ。

そしてこの日のメイン遊びは、なんといってもカジノだ。Sycuan Casinoという、初めて行くカジノに挑戦。だいたいJと私が行くときは、適当なスロットに適当に掛けて、適当にいつも負けて帰ってくるのが常だ。しかし、今日は違う。カジノのベテラン友人Aさんに教え導いていただいたのだった。
Aさんは本当にすばらしくスロットマシンに精通している。台を全て知り尽くしていて、ボーナスポイントが高い台だとか、当たりが少ないが長く遊べる台だとか、それはそれは詳しいこと驚嘆するばかりなのだ。こういうすごい人が世の中にはいるのですねぇ。
Aさんに教えてもらった台で、Aさんに教えてもらった通りの掛け方で、Aさんに教えてもらった通りにスロットをやっていると、本当にがんがんボーナスポイントがくるのだ。いつもと変わらぬ低予算で、結局5時間あまりも遊べた。結果としてトータルは負けたのだが、とても楽しかった。いえ、負け惜しみじゃございません。これほんと。
Aさんは親切にも、いい台や当たりがきそうな台を、毎回譲ってくれ、遊び呆ける私に飲み物まで運んでくれ、至れり尽くせりの指導をしてくれたのだ。どうもありがとうございました。

ところで翌日私は、上半身が激しく筋肉痛になった。特に背中と両手の親指。まさかたったの30球あまりのバッティングのせいか、それともカジノで過ごした5時間のせいか。これだけ定期的に泳いでいるというのに、まだ違う普段使わない筋肉があるということが、驚きだ。どんなものでも、運動になるのだなぁ。
実はゴーカートもやった。このせいか?→ 猫にごはん

2007年5月17日

女子更衣室の秘密

相変わらず週に2回プールに通っている。最近はだいたいいつも同じ曜日の同じ時間に行くことにしている。このプールではアクアビクスのクラスをやっていて、そのクラスが終わった直後だと、いつも以上にプールが空いていてとてもよいのだ。アクアビクスのクラスは、年配の女性が圧倒的に多い。なので、私が更衣室に入ると、だいたいおばあさま方の着替えの現場を目撃することになるのだ。
それはもう更衣室はにぎやかなのだ。ただでさえおしゃべりなアメリカ人。しかもおばあさま方。しかもみんな仲良し。静かなはずがない。そしてその着替えっぷりも、たいへんおおらかで大胆。
個室になっているシャワーが5個並んでいるのだが、シャワーカーテンも閉めずに、シャワー中もおしゃべりに興じているおばあさま。もちろん全裸だ。
そう。全裸の人が多いのも、私にとっては衝撃だった。タオルで髪の毛を包んだりはしているが、体を隠そうという気配がないのだよね。先日もロッカーの鍵が閉まらなくておたおたしていた私に、全裸のままでやり方を教えてくれたおばあさんは、たいへん親切な女性であったが、もうどこに目を向けていいのか分からず、私のほうが赤面してしまった。タオルで隠しながら、脱ぎ着をする私が、とってもシャイな大和撫子のように思えてしまうではないか。
さらに、洋服を着る順番にも驚きの事実は続く。私の着替え方が一般的かどうか、比べたことがないので果たして分からないが、まず私の順番はパンツから。そしてブラジャー、シャツ、Gパン、靴。いたって普通だ。
ところが先日みかけた、仲良し3人組おばあさんたちは、なんと全員全裸のまま靴から履いていたのだ。更衣室に入るなり、靴だけ履いた3人の全裸の女性たちと目が合って、私は本当にびっくりしてしまったよ。頭にはタオル。みんな愛想よく「ハーイ」などと声をかけてきたので、ひきつった微笑みだけをかろうじて返すことができたのだった。
そんなこんなで、驚くことも多々あるが、私は彼女たちの下着が好きだ(←観察しすぎ?)。花柄だったり、ショッキングピンクのサテン地だったりと、それはかわいらしい。私も年とってからも、ああいうかわいい下着を身に付けていたいものだと思う。


基本からしっかり覚える水泳

『基本からしっかり覚える水泳』
買ったばかりのこの本は、タイトル通り泳ぎに関して、本当に基本的なことが写真入りで書いてある。水に顔をつける方法、もぐってみる方法、など。いくらなんでもちょっと簡単すぎるのではと思ったが、ところがどっこい。読んでみるとたいへん役に立つ本なのだった。

水泳の本を買おうと思ったきっかけは、何を隠そう、『クイックターン』をマスターしたいという野望を持っていたからなのだ。なぜなら、それはかっこいいから。(※クイックターン:水中で前転しながら壁をけるターン)
クイックターン、それは子供の頃からの憧れであった。水泳教室に通っていた幼少の頃は、まだ幼すぎて教えてもらえなかった。学校でも水泳部の人しかできなかったクイックターン。大人になってからは、もちろん誰もやり方を教えてなどくれないのだった。
そんな憧れのクイックターンを、すいすいとやっているアメリカ人が、私の行っているプールにはけっこういるんだなぁ。あぁ、かっこいい。やってみたい。そこで、この本(クイックターンに関してはたったの2ページしかない!)の写真を穴のあくほど眺めてから、いざ実践。
ぐぐぐっ。鼻に水が入る。前転が難しい。壁との間のとりかたが難しい。壁に近いと激突しそうなので、壁から離れすぎてじたばたしてしまう。
と、なかなか一筋縄ではいかない。この日たまたま隣のレーンに、いかにも遊びじゃないわよといった風情の水泳選手(たぶん)ががんがんクイックターンをしていたので、眺めて参考にさせていただいた。そして何度も何度も練習しているうちに、とうとうできるようになったのですねぇ。うれしー。
クイックターンのいいところは、休む暇がないことだ。ターンのとき壁際で一息ついていたりしたのが、このおかげでかなり少なくなった。そしてクイックターンをやりたいばかりに、他のことは何も考えずに集中するので、疲れが少なかったこと。全くもって、いいこと尽くめではないか。客観的に自分のターンがどんな様子なのか見ることができないのが残念だが、たぶん(希望)ちゃんとできていると思われる。いや思いたい。
参考までに、こちらのサイトにある、クイックターンの動画もたいへん役に立った。しかし基本は練習あるのみだと私は思う。この年になってできるようになるとは、まさか思いもしなかったので、感激もひとしおだ。
そしてもう一つ。この本を読んで私は、クロールの息継ぎの基本的なところを間違っていたことを発見した。正しい呼吸法で泳げば、苦しさも半減。何事も基本は大事だねぇ。

2007年5月15日

申気ヅヤー

中国の偽ディズニー遊園地のことを、ここ最近日本のネットニュースでよく見かける。そのニュースをみて、思い出したことがいくつか。
うちは日系スーパーよりも、中国系・韓国系・ベトナム系スーパーで買い物することが多いのだが、そこではもう目を覆いたくなるほどたくさんの日本の商品が真似されている。私の印象では、中国スーパーでよくみかけるのが、めちゃくちゃな日本語を使ったお菓子などで、「日式」と書かれていたり、「Selling in Japan」と、わざわざただし書きまでしてあったりする。特徴はカタカナに間違いが多いこと。特に、シとツの違いに弱い。誰か日本人が一目みたら、こんな日本語はおかしいと思うはずなのに、そこまでやってないんだなぁ。チェックが甘いというか、ディテールにこだわっていないというか、かなり適当なのだ。
こガた乾魚。 → 猫にごはん

比較して韓国系のお菓子でよくみかける偽物は、パッケージの柄も本物そっくりで、もしかしたらこちらの方が本物だったか?と見まがうようなものが多い。ヘンな日本語は全くなく、全部ハングルなので何が書かれているのかは不明。例えば「おっとっと」や「エンゼルパイ」や「ポッキー」や「かっぱえびせん」にそっくりなお菓子が、堂々と並んでいる。かっぱえびせんは、何種類か試してみたけれど、本物のほうがさくさく感があるのは間違いないが、かなり近いのもある。
最初これらの真似っこ商品の洪水を見たときには驚いたが、今では当たり前のように感じてしまうから慣れとは怖いものだ。むしろ日系スーパーに行ったときに、ここに置いてあるお菓子は全て本物なのだと、改めて思い出して感心してしまうほどだ。

この写真は、少し前に中国スーパーで撮ったものだ。このFujitronicという会社の製品は、このスーパーでは非常によく見かけるが、まるで山崎パンにそっくりのロゴマークではないか。そして電気ポットには怪しげな日本語『申気ヅヤー式ポツト』。
申気ヅヤー。 → 猫にごはん

中国人の友人から、中国に里帰りしたときのお土産を何度かもらったことがある。それらは、明らかな海賊版の宮崎アニメのDVD(中国語・英語字幕付き)だったり、偽物サンリオの文具や、よく分からないが見たことのあるブランドのアクセサリーだったりする。もちろん彼女は悪気があるわけではない。たまたま自分の故郷で日本のもの(もどき)を見つけて、日本人の友達にあげたら喜ぶだろうと思ってのことなのだ。だから、この映画知ってる!とか、これもしかしてサンリオ?とか私が当てる(?)ととてもうれしそうにする。
一度彼女に、「中国で海賊版DVDが氾濫していることがハリウッドで問題になっているが、そのことをどう思うか?」と聞いたことがある。そのとき彼女は、それはそれは明確に答えたものだ。
「偽物の何がいけないのだ?本物でも偽物でも安いほうがいいに決まっている。高くて買えないような商品を作っているほうが悪いのだ」
偽物がいけないということが、全く意識にないのだよねぇ。悪気がないということは恐ろしい。お願いだからね、それらを他のよく知らない人に見せたりしてはいけないよ。ましてや、あげたり、売ったりしては絶対にいけないのだよ、と言い聞かせる私。すると「売れるかな?」と目を輝かせる、恐るべし中国人。絶対だめっ!

これは本物のドーナツ。 → 猫にごはん

話は変わるが、これは本物のクリスピー・クリームのドーナツ。1ダースで、$5.99(約700円)。近頃"Hot Now"(揚げたて1個無料サービス)がとんと無くなって、店内も活気がなくがらがらだ。大丈夫か。
ダイエットサイズと称して半ダース(6個)入りの箱も飾ってあった。6個も食べたらダイエットにならんだろうな、と思いつつ、やっぱりいつもの通り1ダース買ってしまったのだった。いかんなぁ。

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2007年5月 5日

ニューメキシコ旅行その4

その3で終わりにしようと思っていたのだが、もう少し書きたいことがあったので追加。旅行記長いですがこれで本当に終わりです。どうぞ我慢してお付き合いくださいまし。

猫にごはん

最後の晩に泊まった宿は、チマヨという小さな村にある。チマヨは、ネイティブ・アメリカンに伝わるチマヨ織りで有名なところなのだ。チマヨへ行くにあたって、チマヨ織りのラグマットを一枚購入しようと、Jと決めていった。うちにはメキシコで買ったいんちきラグマットが2枚あるが、本物のちゃんとしたラグが欲しい。しかし織物はそれこそピンからキリまである。安いものはあくまでも安く、高いものは目の飛び出るほど高い。
チマヨの一軒の店で見せてもらったその一枚は、それはそれは美しいものであった。店主いわく、Legendary(伝説的)な織物士のインディアンが作った作品で、3ヶ月に一枚しか作れないというラグ。きみたちだけに特別見せてあげると、別室から取り出してきてうやうやしく広げられたそれは、素人目から見ても、織り目がしっかり詰んでいて、素朴な柄がくっきり表現されている。触った感じも、ウールの糸がいかにも高級な感じ。値段ももちろん高級であったが、絶対に購入不可能なほどではない。悩む。
結局悩んだ末、もう1軒のOrtega's weaving shopという店で見つけて、まぁそれほど高くないほうのラグを買うことにしたのだった。というのも、何枚か値段をみずに、触って見た感じで値段当てをしたところ、私たちにはそれほど微妙な違いが分からなかったことと(値段が全然当たらなかった)、どうせうちでラグを使ったら、ノアがゲロを吐いたり、ソフィーが爪研ぎをしてしまうだろうという理由からであった。もう一つの理由は、最初の店の店主がどうも商売っけがありすぎる感じで、伝説の品を目の前に電卓叩きまくり、口上述べまくりなのだった。関係ないが、どうも重みがない感じなのだよね。
それでも我が家としてはかなり値段の張った、第2候補のそのラグマット。床に敷けずに壁にかけて飾ることになりそうな予感なのだった。
奇跡の教会 → 猫にごはん

チマヨにはもう一つ有名なものがある。それは『奇跡の教会(El Santuario de Chimayo)』。その砂をかけるとたちどころに病が治るという奇跡の砂があるのだという。
ところが、私たちがこの教会の中に入って約1分後、突如として、朗々たる歌声が聞こえたのだった。見るとローマ法王と見まがうような豪華な衣装に身を包んだ神父さまが登場した。巻き舌の美声でアヴェ・マリアを歌いながら現れると、聞こえたのはパイプオルガンの演奏ではなく、ギターの生演奏。さすがスペイン宣教師たちの作った古い教会だけのことはある。迫力の歌声と演奏にしばし聞きほれる。それにしても、この教会、てっきり観光用に残っているのだと思っていたが、まだしっかり現役なのだった。
巻き舌に圧倒された私たちは、そのままお布施だけをして帰ってきてしまったが、そういえば奇跡の砂を探すのを忘れていた。がーん。

最後の晩に泊まった宿は、Rancho de Chimayo。この宿のことを私はきっと一生忘れない。なぜなら素敵な出会いがあったのだ。それは、キングの愛称を持つこの方。
膝乗り猫エルー氏 → 猫にごはん

7室しかないこの小さなB&Bにチェックインしたところ、受付に堂々と現れたのが、この茶トラの猫エルーちゃん。わー、かわいいと誉めてなでまくる私たちを、組しやすい客と判断したこの猫は、私たちが部屋に入るとすぐに訪れてきた。
膝の上に乗り、ゴロゴロと喉を鳴らし、人懐っこいったらありゃしない。かわいー。しばらくスキンシップの時間を与えてくれた後、はいおしまい、と毛づくろいして、ベッドの真ん中で本格的に寝はじめた。おいおい、それは客用ベッドだろう。しかし猫バカ夫婦は、もちろんそんなことで怒るはずもなく、さらに、わーかわゆい~ん、と相好を崩しまくり、写真撮りまくりなのだった。その横で、どうどうとくつろぐエルー氏。完全に猫に舐められているな。
朝ご飯のオムレツもスパイシー → 猫にごはん

ここは、併設レストランでの食事もおいしく、部屋もかわいらしく、値段もリーズナブルで、おまけに猫までいる、満足度150%の宿なのであった。またいつか会いたいね、エルーちゃん。
ここは全部ボクの部屋だ。 → 猫にごはん

ところで今回は2つの宿で暖炉がついていたので、さっそく薪を燃やしてみたのだが、部屋の中で火が燃えているのは、本当にいいものだ。いつまで眺めていても見飽きない。あぁ、ここにうちの猫たちがいたらなぁ。
それにしても、火が燃えていると、何か焼きたくなってしまうのは貧乏性だからか。焼き芋ができるとか、鮎の塩焼きを焼きたいとか、マシュマロを買ってくればよかったとか、食べ物のことばかり思い浮かぶ。我ながら食い意地が張っているものよ。
そろそろうちの猫たちに会いたくなってきた。
暖炉の前には膝の上でくつろぐよその猫 → 猫にごはん

2007年5月 4日

ニューメキシコ旅行その3

サンタフェはアメリカで最も古い歴史を持つ古都で、1607年に創設された。長年ネイティブアメリカンとスペイン人入植者との奪い合いが続いた土地で、今でもプエブロと呼ばれるプエブロ族の村と、芸術家が多く住む芸術と観光の街が近接して存在している。
街を歩いていると、インディアンそのままの血の濃いネイティブアメリカンたちや、いかにも芸術家風の白人をたくさん見かける。アジア人は皆無に近いほど見かけなかったが、観光シーズンではなかったからだろうか。
青い空に、土壁のアドビ造りの建物、そして真っ赤なチリが美しく映える。とてもきれいな街なのだ。
鮮やかなチリ。 → 猫にごはん

サンタフェの中心部、プラザ周辺ではインディアンたちが露店を営む。ここは観光客でとてもにぎわっていた。みんなとても寒そうにしているが、このあと雪が降ってきたのだ。どうりで寒いと思った。しかし5月だというのに雪が降るなんて、山の天気は分からないものだ。
露店が並ぶプラザ。 → 猫にごはん

サンタフェから車で2時間程度の場所にあるタオス・プエブロは、数あるプエブロの中でも最も有名な村だ。入場料とカメラ一台につき5ドルの撮影料を払い、プエブロの中に足を踏み入れてみる。土と木で何もかも作られている昔の家々は、あたりの景色にしっくりなじんでたいへん美しい。
タオス・プエブロ → 猫にごはん

家の中はインディアン・ジュエリーや素朴なお土産物を売っている店として使われている。たぶん彼らの生活する家は別にあるのだろう。なぜなら、一軒のインディアン・ジュエリーの店のおばあさん(いかにもインディアンっぽかった)と話している途中、携帯電話が鳴ったのだった。聞くとはなしに聞いていると、「あとで車で迎えに来て。食事はレンジでチンして食べてね」という会話が聞こえたのだった。土壁の家で携帯電話が通じるということにも驚いたが、会話の内容に笑ってしまった。
このジュエリー製作と販売を営むインディアンのおばあさんは、お孫さんがカリフォルニアに住んでいて、よく遊びに行くのだと言っていた。なんとなく、この荒地で頑固に昔のままの生活様式で住み着いているインディアンを思い浮かべていたので、プエブロの外に行って普通にアメリカの生活もしていることが想像できなかったのだが、考えたら当たり前の話だ。
プエブロの教会 → 猫にごはん

プエブロの中で売っているインディアン・ジュエリーは、思ったよりもずっと安い。街中のお土産物屋さんで売っているものよりも、素朴でシンプルなのがよいし、何よりここで使うお金は、間違いなく直接インディアンの人たちに渡るのだと分かるところがよい。
ここでは、このおばあさんが作った、太陽神(Sun God)のシルバーのネックレスと、シルバーのドリーム・キャッチャー型のピアスを購入。Sun Godはプエブロ族にとってたいへん重要な神様なのだそうだ。ありがとう。大事に使うね。
犬も暑さでぐったり → 猫にごはん

サンタフェからアルバカーキへ向かう途中の山の中にも、小さな村がある。山の中に突如出現する芸術家の村。それまでずっときれいに舗装された道だったというのに、ここだけ舗装もなしで土のまま。絵画やオブジェ、アンティークやヒーリンググッズなど、立ち並ぶお土産の店もいかにもなアーティスト風。
ここで私たちはカフェに寄ったのだが、働く人もまるでヒッピーのようないでたち。トイレも水洗ではないというのに、コーヒー豆はオーガニック使用というこだわりが、たいへん納得がいく。きっとみんな本当に昔はヒッピーだったのだろう。今でも何かに反抗し続けているのだろうかと、つい想像たくましくしてしまう。村の名前はMadrid。昔は鉱山で栄えた町だったそうだ。こだわりのケーキとコーヒーはなかなかおいしかった。

猫にごはん

このように、白人とインディアンが混在して構成されているサンタフェ周辺は、見所満載であった。スキー場も近くにたくさんある。いつかここで、1週間くらいのんびりB&Bに滞在しながら、ゆっくりスキーをやるという、優雅な休日を過ごしたいものだ。
サンタフェはオキーフの作品でも有名 → 猫にごはん

2007年5月 3日

ニューメキシコ旅行その2

次なる観光スポットは、ニューメキシコ州東南部に位置する世界遺産のカールスバッド鍾乳洞国立公園(Carlsbad Caverns)。ここには40万匹ものコウモリが生息しているのだ。洞窟を最初に発見したのは16歳の牛飼いの少年ジム・ホワイトくんで、ある日山の奥で煙が上がっているのを見つけ、行ってみたところそれは煙ではなく、コウモリの大群が洞窟から飛び立つところだったのだそうだ。ジムくんが松明片手に洞窟を探検してみると、それはそれは巨大な鍾乳洞が広がっていたのだという。長さ2キロにもわたる洞窟を一人探検したジムくん。なんて勇敢なんでしょう。思わず帰りに、ジムくんの自叙伝まで購入してしまった。
美しい鍾乳洞。 → 猫にごはん

コウモリが怖いので早い時間に行ったにもかかわらず、数は少ないが昼間でもコウモリはしっかり飛んでいた。さらに洞窟の入り口近くでは、天井を見上げると、コウモリが所狭しとびっしりとまっていて眠っている様子が、たいへん恐ろしい。コウモリは虫を食べる益獣だと分かってはいても、どうも気味が悪くてならない。ジムくん、きみは本当にすごいよ。
歩いて鍾乳洞へ入り、帰りはエレベーターで登ってきたが、それでも2時間近くかかるほどの長さなのだ。ここは世界最大ではないが、鍾乳洞マニアの中では世界で最も美しい洞窟として知られるている(←オーディオガイドの説明より)。確かに、まるで作り物かと見まがうような、それはそれは美しい広大な鍾乳洞なのだった。

さらなる目的地は、ロズウェル(Roswell)という町にあるインターナショナルUFO博物館(International UFO Museum and Research Center)。インターナショナルなんて名前につけている時点で、かなりの胡散臭さがただよっている。もちろんこれもJの趣味だ。
ロズウェルはUFOでもっている町だというので行ってみたところ、全然そんなことはなくちゃんと立派な町であった。(※ロズウェルUFO事件についてはこちら) 博物館に関してのコメントは省略するが、私としては入場料をとること自体が驚きであった。
これが宇宙人の正体だっ! → 猫にごはん


ここからは、ただひたすら北上する。地図で見ても途中は何もない。何もないということが、どういうことかというと本当に何もないのだ。360度見渡す限りただただ平原だけがずーーーーーーーっと続いている。山もない。緑もない。ただまっすぐな道路だけ。
一般道なのに最高時速は100キロOKだし、そもそも走っている車の数も非常に少ない。10分くらい前に追い越された車が、はるかかなたの地平線を走っているのが見えるだけという、殺人的に退屈な道路なのだ。よくもこんなまっすぐな道を作ったものだ。これなら免許がない人でも簡単に運転ができる。すれ違う車の運転手が、両足を窓から突き出していかにもけだるそうに運転していた。クルーズコントロールにすれば、もうアクセルもブレーキも何一つ必要ないし、なんだったらハンドルも固定しておけば、手も足も必要ないくらいだ。なにせカーブがひとつもない。見るべきものも、動くものもひとつもない。あー、退屈だ。
退屈のあまり運転中に撮った写真。 → 猫にごはん

そして半日車でひた走り、たどり着いたのはサンタフェ(Santa Fe)。そう。宮沢りえのヌード写真集で有名な(古っ)サンタフェの街だ。この日の宿は、宿カタログで事前にチェックしてめずらしく予約まで入れた、Pueblo Bonito Bed and Breakfast Inn。B&Bに泊まるのは初めてなのでかなり期待が高まる。部屋数も少なくこじんまりとして、見るからにかわいらしいアドビ造りの建物だ。
各部屋には暖炉。 → 猫にごはん

午後のお茶は軽いアルコールとスナックが用意されていた。マルガリータを飲みながらソファでくつろぐ老夫婦の姿。そう。アメリカの観光地は年齢層が高い。仲良く手をつないで歩く老夫婦の姿をみるのは、たいへんほほえましくて、こちらまで幸せな気分になる。
本日の食事。朝オムレツ、昼BBQ、夜生牡蠣。なぜに山奥のサンタフェで生牡蠣を食べたかはさておき、昨日よりはかなり改善された食生活なのだった。
絶品BBQ。 → 猫にごはん

2007年5月 2日

ニューメキシコ旅行その1

4日間の旅行の目的地はニューメキシコ。同じ道を行って帰ってくるのが大嫌いなJがたてた旅の計画は、行きはレンタカー、帰りは飛行機というものだった。これだと帰りの空港まで車をずっと使えてとても便利。ただし、時間はものすごくかかるのだ。
まず夜中にサンディエゴを出発し、初日の宿泊予定地テキサス州のエルパソまでは864マイル(約1400キロ)、休憩含めて13時間もかかったのだ。まるで長距離トラックの運転手の方々のように、交代で仮眠を取りながら、ひたすら東へ向かって走る。実際たくさんのトラックと平行してハイウェイを走りつづけた。しかし、どんなに乗用車がスピードを上げて追い越しをかけながら走ったところで、休憩をほんの数分取ってしまうと、たちまちさっき追い越したトラックたちに追い抜かれてしまうのだ。そうなのだ。長距離のコツはスピードを出すことではなく、どれだけ停まらずに走りつづけられるかなのだ、ということを今回のドライブ旅行で私は学んだ。
平原の中にいきなりミサイル。 → 猫にごはん

まずは初日の観光はミサイル博物館(White Sands Missile Range Museum)。もちろんJの趣味だ。博物館は残念ながら閉まっていたのだが、ミサイルパーク内の見学はできた。Jの説明を聞きながら、写真をぱちり。
果てしなく白い砂漠。 → 猫にごはん

続いて、今日の目玉のホワイトサンズ国定公園(White Sands National Monument)。ここは石膏を含んだ水が長い年月をかけて自然に作り出した、世界最大の白い砂漠だ。白い砂の正体は、豆腐に使われるにがり成分の塩化マグネシウム。塩のように見えるが舐めてみたところ、ぴりりとにがい。
雪山のような白い風景が一面に広がり、写真でみると寒そうにも見えるが、気温は30℃を越す暑さで、おそろしく乾燥している。白すぎてサングラスをかけていても、目が痛くて涙がでてくる。靴下を脱いで裸足になると、白い砂は身が引き締まるほど冷たく、たっぷりと足首まで沈み込んで、もし水虫だったらあっという間に完治しそうな清潔な雰囲気なのだ。
しかしこんなところにもBBQグリル。 → 猫にごはん

世界中の音が止まったかのように、静まり返っていて、気が遠くなるほど果てしなく白く、たいへん美しい。遠くに停めた車が小さく心細い。
右端中央の小さいのがうちの車。 → 猫にごはん

このあたりはメキシコとの国境に近い。車で走っていると何度もボーダーパトロールの検問に停められ、パスポートの提示を求められた。サンディエゴにも検問はいくつかあるが、今まで一度もひっかかったことがないのに、なぜかニューメキシコとテキサスでは毎回必ず厳しくチェックされた。その理由は、この辺ではアジア人が少ないせいか、もしくは他州のナンバープレートのためかと最初は思ったが、どうも違う。レンタカーとして借りた車(Dodge/Charger)の人相(車相)がものすごく悪く見えたせいではないかと推測される。
この車は、やたらバカでかくて、やたらガソリンをくい、やたら窓が小さく見通しが悪く、いかにも悪いことしそうに見える。しかしパワーだけはあるといういかにもなアメ車なのだ。中は無駄に広々し過ぎているので、確かに長距離ドライブには向いている。それにしてもガソリン高いこと。石油がとれるテキサス州に入ったらきっと安いだろうと思ったが、それでも1ガロン$3.20程度。高いのぉ。
Welcome to Texas。 → 猫にごはん

テキサスでは、こんな道路標識をよく見かける。『Proud Home of President George W. Bush(誇りあるブッシュ大統領の故郷』。さすがはテキサスだ。
さびれ具合がいい感じのモーテル。 → 猫にごはん

夜になってたどり着いたエルパソのメキシコ国境は、あまりにもすさんだ雰囲気だったので、国境越えは断念した。適当なモーテルを見つけて、倒れこむようにチェックイン。あー疲れた。
本日の食事。朝ホットドッグ、昼ハンバーガー、夜ローストビーフサンドイッチ。野菜少なし。
これがTex-Mex。 → 猫にごはん

2007年4月23日

店の中の動物たち

動物にふれあいたくなると、買い物がてら近所のペット用品店へ行く。ここでは店内で犬のしつけ教室をやっていたり、ペットホテルもあれば、グルーミングルームもあり、里親募集コーナーもある。もちろん動物連れで買い物もできるので、とにかく店内にはさまざまな犬猫たちがいるのだ。いつもほんとに感心するが、どうしてみんなこういい子なのでしょうねぇ。喧嘩をする犬なんて皆無だし、吠える声もめったに聞かない。よくしつけられていること。
みんな仲良し。 → 猫にごはん

これは、ペットホテルの室内運動場。ガラス張りになっているので外から眺めることができる。ざっと見たところ、10匹以上の大小の犬が一部屋にいて、人間は一人しかいない。おねえさんが投げるボールをみんなで仲良く追いかけ、だれも喧嘩したりしないのだ。アメリカの犬は特によくしつけられているのか、それともペットホテルに預けられるような犬は当然しつけができていなくてはいけないのか、問題のある犬は奥の別室にひっそり閉じ込められてでもいるのか。正解は分からないが、できすぎていて本当に不思議だ。
リコールのお知らせ。 → 猫にごはん

猫餌のコーナーへ行くと、ペットフードリコールのせいで棚がスカスカなのが生々しい。1ヶ月前にも書いたが、あれから更に増えている。アイムス、ユカヌバ、サイエンスダイエット、ニュートロ、おまけに今度はナチュラルバランスまでが対象になった。ナチュラルバランスは素材がいいものを使っていると聞いたことがあるので、以前うちでも買ったことがあったのに、信用ならないものだ。リコール対象商品は増えつづけているので、気をつけてチェックしておかないとね。(※FDA(US Food and Drug Administration)のサイトはこちら
リコールのお知らせ。 → 猫にごはん

そして買い物の際に、必ず立ち寄るのが、この店の里親募集コーナーだ。
約4年前、うちのソフィーはこの店の右端上のケージに入っていたのだ。ソフィーが何日くらいこのガラス張りの部屋で過ごしたのかは知らないが、ここにくるたびに感慨深い思いで同じケージを眺める。はぁ、他の人に目をつけられる前に、かわゆいソフィーをもらうことができてなんて私はラッキーだったのだろう(←猫バカ)。他の猫たちもどうか早く里親がみつかりますように。
里親募集コーナー。 → 猫にごはん

しかしこの店の里親募集コーナーで気になるのが、たまにこうして張られているセールのお知らせ(写真右中央の緑の張り紙)。この写真は少し前に撮影したものだが、毎回書いてある内容は同じ。
『BLACK CAT SPECIAL!! Adopt a black cat or kitten today, save $20 off the regular adoption fee! After all, black cats love you just the same!  (黒猫スペシャル!本日黒猫は通常料金より20ドル引き!黒猫だって他の猫と同じようにかわいいですよ!)』
どうですか、この張り紙のひどいこと。これを見かけるたびに、眉をしかめてしまう。いくら黒猫が人気がないからってねぇ(涙)。ちなみに私のボランティア先では、このような特殊なセールは一度も開催されたことがない。20ドル引きだからという理由で、黒猫を選ぶ人がいたら、そのほうが問題だと思う。かえって逆効果じゃないかと思うのだが、いかがでしょ。
2匹でドライブ中? → 猫にごはん

駐車場にはおとなしくお留守番している犬たちもいる。みんなかわいいねぇ。

2007年4月17日

水泳中毒?

つい先日プールの話をしたばかりなのに、また同じネタになってしまうが、今日ははじめての体験をしたのでぜひとも記しておきたいことがあるのだ。

朝起きると空一面の曇り空。あぁ、水泳日和だと思う。
それはなぜかというと、私が行っているプールは実は屋外プールなので、快晴の日に泳いだりすると、それはもうあっちゅう間に日焼けをしてしまうからなのだ。このプール、たいへん気に入っているのだけれど、屋外だというのだけが難点だ。プールは年中適度な温水に保たれているので、冬だってやっている。雨が降らないサンディエゴならではだね。
それにしてもサンディエゴの日差しの強さはハンパではない。プールに通い始めた最初の頃、適当な日焼け止めを適当に塗った状態で泳いだら、一日で顔まで真っ黒に日焼けしてしまったことがあるのだ。そのときもSPF50という数値の高い日焼け止めではあったが、甘かった。ウォータープルーフなんていったって、1時間も水をかけつづけていたら、そりゃあハンパな日焼け止めだったら取れてしまうはず。以来、雑多な知識をネットで仕入れて、評判の高い、ウォータースポーツをやる人向けの強力日焼け止めを、適切に使用している。ちなみに今使っているのは2種類。オーストラリア製Very Water Resistantなスポーツ用日焼け止めクリームと、長時間水泳をやる人用のスティックタイプの日焼け止めをあわせて使用しているのだ。これはかなりよろしい。
なぜずっと泳いでいるだけなのに、顔まで焼けるかというと、快晴だと日差しがプールの底に反射して、表側も焼けてしまうというわけなのだ。だから、曇りの日は背中側が焼けるのは仕方がないとして、顔側だけでも避けることができる。そういう理由で、曇りの日はまさに水泳日和。おまけにプールはいつも以上に空いているしね。

今日は絶好の曇り空だ。泳いでいるのは、ほぼいつもの顔ぶれ。隣のコースの派手な水着のおばさん(日焼けしすぎて、もはや白人だか黒人だか区別はつかない)は、今日の水の温度はとてもワンダフルだと教えてくれた。うん。暖かすぎず、冷たすぎず、確かにいいね。
しばらく泳いでいると、日差しがさーっと差し込んできた。
ぎらぎらした太陽ではない。柔らかくそっと、4メートルの水の底にようやく光が届く感じ。日焼けが嫌いだとはいえ、やっぱり日が差し込んだ水の中はとてもきれいなのだ。プール全体がきらきら光り、自分の立てる波しぶきの光が、水の底に映りこんで、ひとつひとつ形を感じられるほど美しい。水はすばらしく透明で輝き、神々しいとしかいいようのないほどの状態だ。やはりこのプールのいいところは、屋外だということだね(←さっきと反対のことを言っている)。水の中にいるだけでうっとりする。
ターンが同時になったとき、隣のおばさんがまた話し掛けてきた。
「今日のプールは、私のベスト中のベストだわ!」
あぁ、おばさんも同じこと思っていたのね。ちなみにこの人は、冬は週に3回、夏は週に5回プールに泳ぎに来ている水泳中毒。そんなマニアックなおばさんが最高だというなんて、やっぱり今日はいいねぇ。

すると、そのとき。それは、それは、私に訪れたのだった。
体全体がふっと軽くなり、突然泳ぐことが驚くほど楽チンになったのだ。その瞬間、数秒前とのあまりの違いにすぐに気がついた。こ、これが、いわゆる『ランナーズ・ハイ』なのね。あぁ、私もとうとう体験ができた。うれしー。
ランナーズハイ : 脳内麻薬の一種で、マラソンなどで長時間走りつづけると気分が高揚してくる作用。水泳の場合は、スイマーズハイという。

距離にして1.5キロ、時間は45分を過ぎたあたりで唐突にそれはきた。
それはもうエクスタシーとしかいいようがない。息継ぎなどしなくても(←ほんとはしているけど)、いくらでもするする泳ぎ、魚と見まがうばかりに(←妄想)、力強くぐいぐい泳いでいる私。たぶん体半分水の中に溶け込んでいるに違いない。はぁ、気持ちよすぎる。もう私は一生このプールの中で暮らすことに決めた。
ターンの回数を数えるのも、時計をみるのも止めた。この快適な水の中で、日差しをいっぱいあびながら、今は好きなだけ泳ごう。いつもは14かき必要な平泳ぎも、このときは11かきで同じ距離を進んだので、あながち全部が私の脳内妄想だけではなさそうだ。今の私には休む必要など全く感じられない。あぁ、いつまでも続いて欲しいこのトランス状態。
結局それから30分、何かに取り付かれたかのごとく狂ったように泳ぎ続けたが、ふくらはぎに鈍痛を感じてしぶしぶ水からあがらざるを得なかった。その間、完全にノンストップで泳いだ。いつもはターンのときにちょっと休んだりもするのだが、この30分は全く休まず。こんなことは、私にとってはじめてだ。すごかった。

家に帰って、以前マルコさんのブログで読んだ、ランナーズハイを再び読み返す。まさにこれだと思わず膝をたたく。この記事を最初に読んだときは、よっぽどマルコさんは運動オタクの特殊な体質の人なのだろうと思っていたが(失礼!)、まさか自分にも同じことがおとずれるとは。あぁ、カ・イ・カ・ン...。(←ふるっ)
ぼくは水は嫌いですから。 → 猫にごはん

2007年4月11日

マニアックなプール

しばらく前に、気に入った市営プールを見つけたので、ここ最近週2回はそこで泳いでいる。
そこのプールは25ヤード四方の大きさ(約23メートル×23メートル)で、10レーン。つまり1つのレーンがとてもたっぷりしている。そして何が一番気に入ってるかというと、とても深いことだ。浅いところでも胸くらいまでの深さがあり、最も深いところでは4メートルもあるのだ。
そんな深いプールで泳いだことがなかったので、最初は2メートルくらいのレーンを選んでいた。しかし試しに4メートルのレーンを泳いでみたところ、もう気持ちいいのなんのってあなた。文章で説明するのは難しいのだが、例えると、水をぐいんとかいたときに水がたっぷりあり過ぎて、自分の腕ではかききれないような感じ。プールは深ければ深いほど快適だということを、私はここで知った。どっちにしろ真ん中で立ったりしないので、深くても全然怖くないのだ。以来、レーンが空いていれば、いつも一番深いところで泳ぐことにしている。
こんなにナイスなプールが混んでいるかというと、いつもがら空き。まぁ、平日の午前中なんぞ人が少なくて当たり前か。たぶん夜は混むのかもしれない。ちなみに早朝6時から夜7時半までやっている。出勤前にひと泳ぎする人も多いのだろう。

空いているので、いつもひとつのレーンを占領できる。それどころか先日の天気の悪い日など、ふと気がつくと泳いでいるのは私一人だけだった。なんとプールを独り占めだ。しかし、プールサイドに目をやると、いつも一人しかいない監視員がなぜかそのときに限って二人もいる。しかも寒そうにウインドブレーカーを着込み、膝掛けまでしながら、私一人をじっと監視しているではないか。どうしよう。しかしここで上がってしまっては、まるで遠慮しているみたいでヘンだ。そこで、なるべく急いで休まずにがんばって泳ぐことにした。
だいたいいつも、1時間で2キロくらい泳ぐのだが、このときほど緊張しててきぱきと泳いだことはない。私が水から上がるのとほぼ同時に、監視員たちも監視台から降りてきた。すまなかったね。おかげさまで、溺れずに安心して泳ぐことができました。

しょっちゅうプールに行っていると、知り合いもできてくる。ほぼ皆勤賞で毎日プールに通う白人のおばさんは、3時間ノンストップでクロールを続ける。この前、おばさんは更衣室で、私に一枚の写真を見せてくれた。それは一年前のおばさんの写真で、なんとそこには、立ち上がることもままならないと思われる、巨大なおばさんその人が写っていたのだった。今でも決して痩せているとはいえないが、ほぼ中肉中背の体型。推定体重60キロ。いったい一年でどれくらい体重が減ったのか聞くと、なんと約73キロ(160ポンド)落としたのだという。それも水泳だけで。他に一切の食事制限もなく。す、すごい。でもね、おばさん。一日3時間はちと水泳中毒になってやしませんかねぇ。ま別に問題はないか...。

このおばさんもそうだが、ここのプールで泳ぐ人は、道具を使う人が多い。ビート板、足ひれ、シュノーケル、マスク、スイムベルト、アクアシューズ、スイムブイ、リング、何でもありだ。Jに言わせると、そこは特別マニアックなアメリカ人が集まっているプールだそうだが、見ていると私も欲しくなる。そこで、おばさんお勧めのSwim gloves(水泳用手袋)を購入することにした。二の腕の肉を落とすのにいいわよー、とのこと。そう言うおばさんの二の腕は、ちょっとあり得ないくらいの大きさなのだが、まぁそれは良しとしよう。指の間に水かきがついているゴムでできた手袋なのだ。速く泳げそうに思える。
何これ、ゴムくさい。 → 猫にごはん

さっそく試してみると、確かにすごく進む。数えたら、いつも28かきするところが、24かきに短縮された。ひとかきで、すごく前に進むのだ。しかしながら速く泳げるかというと、水の抵抗がその分あるので、腕が重くゆっくりになり、時間的にはほとんど変わらず。
着けて泳ぐといかにも、きてるなーと感じるくらい、二の腕に負担がかかっているのが分かる。効果のほどはまだ不明だが、普段は全然筋肉痛にならないのに、翌日腕だけがだるくなった。むふふ、いいかも。おばさん、ありがと。

2007年4月 8日

たまには遠出を

猫にごはん

ロサンゼルスの北、パサデナにある全米最大といわれるフリーマーケット(『Rose Bowl Flea Market』)に行った。月に一度アメフトのスタジアムで開かれるこのフリーマーケットは、2200店以上の売主、20000人以上の買主が訪れるそうな。一度行ってみたいと思っていたのだが、なにせサンディエゴから車で2時間以上もかかるのでついでがないとなかなか気軽には遊びに行けない。
着いてみると、確かにすごい。広々としたスペースに果てしなく露天が並ぶ。主に古着、アクセサリー、古道具、アンティーク家具など。サンディエゴでもフリーマーケットには何度か行ったことがあるのだが、いずれも何も買う気にならないような、どうでもいいようなものばかりだったのだ。しかしここは違う。もう雰囲気がみんな本気な感じだし、物も本当に良さそうな、ちょっと買ってもいいかもと思わせるものが多い。
ここには日本からも買い付けにくるバイヤーがたくさんいるそうで、歩いていると確かにいかにも日本人らしき人々がカートを引きずりながら物色している。日本で売ったら数倍の値段がつくと思われる、アメリカの昔の小物など見ていると、うーん、そういう仕事って楽そう楽しそうだなどと思ってしまう。
果てしなく続く露天。 → 猫にごはん

パサデナに行ってみたかった本当の目的は、ノートン・サイモン美術館(Norton Simon Museum)で、フリーマーケットからすぐそばにある私営の美術館だ。ケチャップ会社の株で大もうけしたユダヤ人のノートンさんの個人コレクションが展示されている。中世以降の絵画が中心。特にドガのコレクションがすばらしかったが、17世紀オランダの絵画も見たかったものがたくさんあって、うっとりする。ジャンルが多岐にわたっていないところが、見やすくてとてもよい美術館だった。

そしてもうひとつの目的地は、ローランドハイツ(Rowland Heights)というところにあるのチャイナタウンなのだ。観光名所のロサンゼルスダウンタウンのチャイナタウンとはかなり離れたところにある。行ったのは香港プラザ(Hong Kong Plaza)というショッピングモールだ。もうその周辺の道路から、見るからに整備が悪く、建物も汚く、環境が悪そうなので、かなり期待がもてる。そして確かに、いかにも現地に住む中国系の方々が買い物される雰囲気むんむんの、ディープな店が建ち並ぶ。私は、こういう店をウインドウショッピングするのが大好きなのだ。
愛想のよい臭豆腐屋 → 猫にごはん

おいしそうだなーと思って屋台をのぞいてみると、あらら、平気で『C』の表示。
Cが並ぶ → 猫にごはん

これはレストランの衛生度合いの評価で、AからD(Dは即営業停止)まであり、Aが一番よい。ちなみにサンディエゴではA以外の店など見たことがない。しかしここでは、あそこの店も、この店もC。ロサンゼルスのコリアンタウンではBばかり目立ったが、ここはそれよりもすごいのだ。
絶品水餃子。 → 猫にごはん

結局食べたのは、エルモンテ(El Monte)というところにある水餃子(評価『A』の店)なのだが、それはもう、いまだかつて食べたことないほどおいしい水餃子なのだった。
特にエビと黄韮の水餃子は、箸で持ち上げただけでわかる、ぷりぷり具合で、もう絶品。香りも高く、皮がすばらしく薄く、きっちりと包まれていておいしい。絶対にこんなの家では作れない。なかなか遠くて行けない店なのだけれど、ぜひもう一度食べたいものだ。

2007年3月17日

この日何の日

イラク戦争開戦からちょうど4年がたった。アメリカに住んでいても、戦争当事国という感覚を味わうことはめったにないのだが、開始前と後とで身近に感じる変化もあることはある。
まずはガソリンが激しく値上がりしたこと。4年前のほとんど倍の値段になった(現在サンディエゴの平均は$3.15!)。もはや日本のガソリンの値段とそうは変わらない。
そして、黄色いリボンのマークをつけた車をたくさん見かけること。出征した兵士の無事を祈って黄色いリボンを木に結んでおく習慣が、南北戦争の頃からアメリカにはあったからだそうで、車につけるマークには『家族が海兵隊にいます』などメッセージが書かれている。これは軍港の街サンディエゴだからよく見かけるのだろうか。黄色いリボンを見かけるたびに、この人は無事に帰還されただろうかと心配せずにはいられない。

今日は友人E夫が、6ヶ月の戦地任務から帰還したので、ウェルカムホームパーティーに呼んでもらった。半年前に会ったE夫は、とても穏やかでおっとりしたアメリカ人で、軍人さんには全く見えなかったのだが、久しぶりのその姿は、見違えるほどがっしりとたくましく、凛々しい雰囲気だった。数日前に帰ってきたばかりなのだものね。無事で元気で本当によかった。お帰りなさい。

ところで3月17日といったら、セントパトリックデー(聖パトリックの祝日・St Patrick's Day)だ。サンディエゴでも毎年パレードがあり、お祭りがあり、公園でアイリッシュビールが飲める。
この日は緑色の服を着る人々で街があふれるのだ。みんながどんなに緑色かというと、こんな感じ。
大人もみんな緑。 → 猫にごはん

私もせっかくだから(?)と、緑色の服を一枚先週購入したのだが、この方々と比べるとたいへん地味なのだった。
アイルランド関係のグッズを売る出店もたくさんでる。こうして国の色がはっきり決まっていると、おみやげも作りやすくて楽だろうなといつも思う。日本だったら、赤?うーん、ちょっと違うかなぁ。
緑の小物がたくさん。 → 猫にごはん

ところで今日は、いつもいつもいつもアメリカのお祭りに行くたびに憧れていた(しかし買うのはためらわれた)、綿菓子(Cotton Candy)をはじめて買ってみた。綿菓子なんて食べるの、そう、おそらく四半世紀ぶりだ。子供の頃大好きだった。この、いかにも体に悪そうな人工的なピンク色が魅惑的。どれどれ、ぱくり。感想は...
「あ、甘すぎる...」
当たり前だが、ただただ甘いだけなのだった。昔はものすごくおいしかったような気がしたのに、あれは子供だったから?それとも日本の綿菓子が特別おいしかったのか(←ありえない)。これで一年分の糖分を一気に摂取したような気分だ。あと四半世紀食べられなくても、全然気にならないだろう。ごちそうさまでした。
Cotton Candyはピンク。 → 猫にごはん

2007年3月15日

ネコ語コメント

『猫にごはん』に新しく機能を追加いたしました。その名も、ネコ語コメント。

コメント入力時に、名前に@nekoを付けるとネコ語になります。例)noir@neko

コメントは普通の人間言葉で入力してください。どのように変換されるかは....、よく分かりませんのでどうぞお試しくださいませ。

2007年3月11日

週末の夜はパトカー

今日はぽかぽかね。 → 猫にごはん

今年は1ヶ月早く、今週末からサマータイムが実施され、同時に一気に春らしい暖かさになったサンディエゴ。朝晩も半そでで過ごせるくらいぽかぽかだ。
週末だし暖かいし、たまには夜のドライブでも行くとしましょ。といっても、車だとお酒も飲めないし、急に行くところなんてたいしてないのだ。夜遅くまで開いているビデオ屋に行ってみたり、スーパーに行ってみたり、スタバでコーヒー飲んでみたり。2人で無為に時間を過ごしたが、しかしこの日はひとつだけ収穫があった。それはパトカーをつかまえられたこと。パトカー『に』捕まえられた、訳ではありません。念のため。

パトカーに用事があったので、ここのところずっと車に乗りながらきょろきょろしていたのだった。それは1ヶ月前、片側のフロントライトが切れていることに気づき、ライトの替えを買いに出かけたそのとき、まさにそのとき、ライトが切れているからと違反切符を切られてしまったのだ。がーん。
そのとき切られた違反切符は、期限内に修理したのち、警官に見せてOKのサインをもらい、罰金(10ドル)を添えて返送しろというものだった。OKのサインは、走っているパトカーを停めて、その場で車を見てもらえばよいという。しかしね、あなた。車で走るのは、ほとんどがハイウェイばっかりというこのサンディエゴで、どうやってパトカーつかまえろという。停められないでしょ。そこらに停まっているパトカーなんて、探してみるとめったにいやしない。
しかし、まもなく締め切りが近づいてきたその夜、コンビニ前で休憩中の警官2人組のパトカーを、ようやく見つけたのだ。しかもこの日に限ってそんなパトカーを2台も発見した。やっぱり夜になると活躍していたのね、この方たち。そういえば違反切符を切られたのも夜だったな。
親切なおまわりさん。 → 031107_1.jpg

それにしても罰金、日本よりずっと安くてまだましだ。今まで駐車違反でも2回ほど切符を切られたが、いずれも20ドル程度だった。日本は今は2万円くらいだったか(おまけに減点だし)。アメリカの罰金額は日本の10分の一程度だが、今後は違反しないよう気をつけます(反省)。

ボリューム満点。 → 猫にごはん

そして週末のお昼は、あづ。さんのブログでも紹介されていたマクドナルドの新製品『ANGUS THIRD POUNDERS』にチャレンジ。日本のメガマックはこちらでは食べられないが、このアンガス・サード・パウンダーズという、アンガスビーフを150g(1/3ポンド)つかったハンバーガーも、ボリュームがあってすごい。マクドナルドにしてはお肉もジューシーでおいしい。見回したところ、少年たちも家族連れもみなアンガスを食べていた。新しもの好きな人たち(←人のこといえない)。
久しぶりなので調子に乗ってポテトやシナモン・メルトなど、サイドオーダーまでしてしまい、お腹いっぱい。昼から食べ過ぎだー。

2007年3月 3日

もらいやすい女とクジラ

一度は行ってみたいと思っていた、ホェールウォッチングに初めて行ってみた。クジラが見れなかったら、料金は戻ってくるそうだから、シーズンが終わる前もっていかなければね。この辺りで見ることができるクジラは、Gray whale(コククジラ)という種類で、体長15〜50フィート。70年以上も寿命があるのだそうだ。ちなみにサンディエゴのホエールウォッチングシーズンは3月末まで。まだ間に合いますよ、みなさん。
週末のツアーはとても混んでいて、席がなく立っている人たちもいた。私とJは、私たちにしては非常にめずらしく、15分も前に着いたため、楽勝で海側の良い席がとれてラッキーだった。この船、どこかで見たことがあると思ったら、前回サンディエゴ湾内クルーズで乗った船と全く一緒ではないか。全行程3時間もかけて、外海まで行くというのにこんなに小さいクルーズ船で大丈夫なのかと心配になる。
クジラレクチャー中。 → 猫にごはん

いざ出航。しかしクジラはなかなか現れず。軽快なしゃべりのガイドの話も尽き果て、船中に気だるい退屈ムードが漂い始めた。そんな時、突如として船のエンジンが止まり、「クジラがいた!」とのアナウンスが流れる。近くの海中に沈んでいるらしい。静かにしていれば3分から20分後に呼吸のために海上に出てくるのだそうだ。に、にじゅっぷん....。2時の方向を注視するよう言われると、ほぼ全員が右側のデッキに移動するので、船が倒れないかまたも心配になる。しかし、それにしてもすごい揺れ。船が動いているときよりも、止まっているほうがずっと揺れるのだ。
そして、出たっ!ほんとにクジラだっ!思ったよりも近い海面に、まず大きく波打ち、そして大きなごつごつした灰色の背中が見え、尾びれが見え、勢いよく潮を吹きあげる。すごいー。
結局2頭のクジラが、2回ずつくらい海面に姿を見せた。しかしいずれもタイミングがはかれずなかなか写真に撮るのが難しい。イルカも何頭か見えたのに、これまたカメラが追いつかず全然決定的瞬間が撮れないのだ。それでも初めて生で見るクジラはやはり感動的に大きく美しかった。船内に地響きのようにわき起こる「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜」という感動のどよめき。
分かりにくいが、これがクジラだっ。 → 猫にごはん

感動の話のあとでこんなことを書くのもどうかと思うが、汚い話も少々。私は子供の頃、非常に乗り物酔いのしやすい体質で、車に乗っては吐き、電車に乗っても吐き、飛行機に乗っても吐いていた。もちろん遠足のときは先生の隣に座らされ、そこで吐いていた。しかし大人になるにつれ、なぜか酔わなくなり、今ではすっかり丈夫な人間になった。だから大丈夫。自信をもって船に乗り込む。
案の定全然平気でいたのだ。しかし、しかーし。途中トイレに立ったのが全ての敗因。私が、女性トイレの3つの個室の真ん中に入ったその時、ほぼ同時に両隣から聞こえてきた、その音。うわぁぁぁ、みんな吐いてる〜。そして用を足して急いで個室から出ると、うわぁぁぁ、洗面所でも吐いている人がいる〜。
その時、急に脳裏に浮かび上がる幼少の頃の悲しい思い出。そうだ。私ってもらいゲロしやすい人間だった。遠足で先生のそばに座らされる子供は、みな乗り物酔いしやすい体質で、そういう子は、誰か一人が吐くと、それを見てみんなつられて吐いてしまう。そんなところに集まって座らせるから、まさに悪循環が発生するのだ。みんなでもらいゲロ。
そんな嫌なことを思い出してしまったため、にわかに気分が悪くなる私。そして、うぅぅやっぱり吐いてしまいました。しくしく。それまで本当に全然平気だったのに(←しつこい)、急に船酔いになってしまったのだった。大人になってからは酔わないはずだったのに。悲しすぎる。これで船酔いする人間だというレッテルを貼られてしまった。何がそんなに悲しいって、いつか船に乗って思いっきり海釣りすることが夢なのに、これじゃダメじゃん。しかし吐いたあとには、立ちどころに復活したので、正確にはこれは船酔いと言わないのかもしれない。いや言わないに違いない(←負けず嫌い)。
帰りがけに見たら、船内にいくつか置いてあったゲロ袋の容れ物は、みな空になっていた。私も一枚使用した。足りてよかった。次に乗る機会があったら、ちゃんと自分の袋を持参しよっと。
サンディエゴらしく軍艦もたくさん。 → 猫にごはん

2007年2月22日

映画とコーラと

musicAndLyrics.jpg『Music and Lyrics』
評価は、IMDBでは6.6。YahooMovieではB-、と取り立てて良くはないが、私の中ではけっこう◎的に良い映画だった。
とにかくヒュー・グラント好きにはもうたまらない。とてもシンプルなラブストーリーで、おまけにハッピーエンドで、観終わったあとで、こちらもハッピーになれるような楽しい映画だった。80年代のポップス色満載で、最初から最後まで懐かしすぎるったらありゃしない。そしてやっぱり、ハッピーエンドなラブコメはそれだけで単純に良いものだ。
Wikipediaによるとヒュー・グラントは現在46歳。くたびれた、困ったようなこういう役がぴったりなお年頃だ。この人のいかにもな『エロバカかっこよさ』がよーくでていて、とってもナイス。
日本公開はGWなのだそうだ。しかし邦題、『ラブソングができるまで』って....、いかがなものかなぁ。

theQueen.jpgそしてもう1本、最近観た映画は、『The Queen』。ダイアナ妃の亡くなった直後の、イギリス王室内部のストーリー。
こちらは、IMDBで7.7。YahooMovieでA-と、かなりいい評価だ。
地味でたんたんとした展開の映画なのだが、なにせエリザベス女王の旦那さん役が、ドラマ『24』の悪役(最新シリーズ6)なので、どうもそういう邪念の目でみてしまうのだった。こちらは、日曜の午後という時間帯にもかかわらず、車椅子や杖をついたお年よりのたいへん目立つ客層であった。どこでも皇室・王室好きは、年齢層が高いのか。

ところで、今日は映画館に初めて、飲み物を持込んでみた。アメリカでは映画館に飲み物や食べ物を持込むと叱られると聞いていたし、確か叱られている人を実際に見たことがあるような覚えもあり、一度たりとも持込んだことなどなかった私。
マルコさんの、絶対に大丈夫だ!との強いお言葉を信じ、どきどきしながら、スタバのコーヒーをわざわざ見えるような位置で持って入場してみたが、ほんとうに全然OKだった。なんてことだ。アメリカの映画館といったら、ポップコーンとソーダしか売っていないので、今までずっと場内で高いコーラなど買うか(5ドルくらいする)、飲まず食わずで我慢していたのにっ(←大げさ)。

2007年2月19日

夢の中のソフィー

昔から私は奇怪な、それでいて妙にリアルな夢をよくみるのだが、ここ数日ソフィーがでてくる夢を続けて2回ほどみた。
今朝みた夢の中では、私は料理をしていたのだった。それも初めて作る料理らしく、英語の料理の本をみながら何かを作っていた。その本は写真付きでなかったので、何ができるのかは分からないままに作業をすすめる私。でき上がってみると、なんとその料理は、ソフィーのひげの毛穴からジャムがどんどんしみでてくるという料理だったのだ(どんな料理だよ...)。あぁぁこんなにべたべたなの作っちゃって、ごめんよ、とソフィーに謝りつつも、指についたそれをなめてみると、すごくおいしいあんずジャムだった、というもの。
びっくりしたので、起きてすぐにソフィーを探して異常がないことを確認したのだった。もちろんジャムなどしみでてない。あー無事でよかった。

もう一つは、アカデミー賞の会場に黒いドレスを着て出席している私。なにかにノミネートされているのだ。それも映画監督として。外国語作品賞の受賞作発表で、読み上げられたのは私のフルネーム、とその作品名。それがなんと、「トクメーイカカリチョー(特命係長)」と外人のプレゼンテーターがたどたどしく発音したではないか。
えー!あんなの絶対私の作品じゃないっ!と驚いて席から飛び上がり、そこで夢から覚めた。するとベッドの足元に丸まって寝ていたソフィーもびっくりして起きて、抗議するように私に向かって鳴いたのだった。
「トクメイカカリチョウ!キャックー」
↑これほんと!
もうあまりのことに驚愕して、隣に寝ていたJを叩き起こし、今ソフィーがこんなふうに鳴いた。絶対に本当だ。と説明するが、もちろん全く相手にされないのだった。でもほんとにそう鳴いたのよぉぉぉ。どこまでが夢だったのー。

いったいどういう精神構造でこういう夢をみるのでしょうね。一度専門家に夢占いしてもらいたいものだが、いずれにせよ何だか人間性の底が知れるような、全人格を否定されそうな恥ずかしい夢なのだった。
そんな鳴き方してないわよ。 → 猫にごはん

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2007年2月11日

テトのお祭り

ベトナムのお正月(テト)は、今年は2月17日。旧暦のため、テトの日は毎年ずれるが、おおむね1月末~2月にあたる(ちなみに中国のお正月(春節)は今年は2月18日。ずれる年もあるのね)。カリフォルニアはベトナム移民がたくさんいる。LA近郊には、リトルサイゴンという南ベトナム亡命政府があるくらいなので、サンディエゴにもたくさんのベトナム人が住んでいる。去年はリトルサイゴンにフォーを食べに行ったが、今年はサンディエゴのテトのお祭りを見学した。テト・フェスティバルは、3日間にわたって、QualcommStadiumで行われていた。
ベトナム料理の出店がたくさんあったので、お腹を空かせていけばよかったと激しく後悔。しかし屋台は、どうもプロの店というよりも、なんなく学園祭に来たみたいな雰囲気なんだよね。なぜかというと、たぶんベトナム人がみな小柄で若く見えるから、どうも学生さんがやっている店のように見えてしまうからなのだ。
民族衣装がかわいい。 → 猫にごはん

それにしても、こんなにサンディエゴにもベトナム人がたくさんいたかと驚くほど、会場はベトナムムード一色。時間が合わなかったため見逃したが、今回のイベントの目玉は、"Miss Vietnam of San Diego"だそうで、ポスターにもでかでかと美女軍団の写真が載っており、会場のあちこちには、それはそれは美しいアオザイを着たアジアンビューティーたちが闊歩しておりました。みんな小柄で痩せていて、ほんとにきれいだこと。
このアオザイという民族衣装、私は一度だけ着たことがある。ベトナム人の友人のを着せてもらったのだが、私が着ると何着試してもどうしても、いんちきマジシャンにしか見えなかったという悲しい思い出...。きっとベトナム人にしか似合わないのだ(←負け惜しみ)。
美人コンテストの代わりに見たのが、素人のど自慢大会。Jと2人で何曲か聴いた感想は、『何語で歌われていても、下手な人は下手だし、上手い人は上手い』。信じがたいことに、同じ会場で同時に3ヶ所で歌がうたわれており、帰りの車の中ではベトナム語の「~ミャンミャン♪」とか「~にゃんにゃん♪」とかいう歌詞が(←ほんとにそう聞こえる)、頭の中をいつまでも渦巻いていたのだった。
けっこう激しい乗り物。 → 猫にごはん

会場には、移動遊園地もあった。安全上問題がありそうな、なかなかキケンそうな乗り物もあって、見ているだけではらはらする。このアメリカのイベント会場でよく見かける移動遊園地は、乗り物などの他、射的やくじや綿飴など、まさに日本の縁日と一緒だ。この手の、一見明るい華やかな、しかしうらびれた少々物悲しい雰囲気が、私はけっこう好きなのだ。
さとうきびジュース屋。 → 猫にごはん

おいしかったのは、このさとうきびのジュース。新鮮なさとうきびを、がーっとその場で挽いてくれる。しぼりたてのジュースは少々青臭いが、ほの甘くておいしー。
Sugar Cane Juice。 → 猫にごはん

2007年1月29日

水になります

うちは、なぜだかよく断水する。
住んでいるアパートの問題なのか、地域の問題なのかは分からない。事前に連絡があるときもあれば、連絡なしのサプライズ断水のときもままある。たとえ連絡があったとしても、玄関のドアにはさまれる『断水のお知らせ』の紙には、『今日は断水』や『もうすでに断水。いつ復旧するか不明』などというものもあるので油断ならないのだ。最初は驚いたが、たいてい1~2時間で勝手に復旧するので、もうすっかり慣れた。
今日の断水は、めずらしく一週間も前から連絡がきていた。しかし8時間もの断水だと。こういうとき、日本だったら夜中に作業をするだろうに、どうどうと早朝(8時半)から昼間一日中だ。文面を見ると、もちろん謝罪の言葉なんぞ一つもなく、協力に感謝する、ちゃんと事前に水を汲んで置けよと書いてあるだけ。

言われた通り、さまざまな容器に水を汲み置く素直な私。バケツ、やかん、寸胴鍋。8時間も水が出ないと思うと、にわかに不安になるものだ。何しろ、全然工事や事務仕事に信用ならないので、本当に時間通りに終わるかどうかも怪しいものだ。寸胴鍋がうちには3つもあるので、かなり大量の水が確保できた。そして朝8時半。試しに水を出してみると、おぉ、ほんとに出ない。こういうときばかりは時間通りだな。

こんな日は仕方がないので、外出するに限る。友達を誘って外でお昼を食べて遊ぶ。お昼ご飯は、めずらしく日本食のレストランだ。うちはめったに日本食の店には行かないので、この店ももちろん初めてだ。まるで日本のようなさまざまなランチメニューに感心する。私が選んだのはメンチカツ定食($7.50)。こういうときって、つい自分で作れない、もしくは家で作るのが面倒くさいものを注文してしまうのよね(←貧乏性)。
ウエイトレスさんも全員日本人で、私とそう変わらない年齢と思われるが、
『メニューの方、お下げしてよろしいでしょうか』
『メンチカツになります』
などという、久しぶりに聞く言葉が新鮮でおかしい。うちだと、こういう言葉遣い、日ごろからギャグになっているのだ。メニューの方、ってどっちの方角だ!とか、じゃあメンチカツになってみろ!とかつい言いたくなってしまう。いや、もちろんそんなこと外では言いませんよ。思っただけ。
メンチカツになります。 → 猫にごはん

家に帰ると、本当に水がほぼ時間通りに復旧したのでびっくりした(10分遅れ)。どうしよう、この大量の汲み置き水...。
ぼくが飲む。 → 猫にごはん

2007年1月27日

朝陽選抜チーム

なんだか最近、近場の遠出をしていない。一日かけてどこかへ行きたい。何かの景色を見たい。そういうとき、さてどこへ行こうかと考えると、思いつくのはやっぱり砂漠だ。南カリフォルニアはどこでも砂漠のような乾いた土地なのだが、たまに本格的な砂漠を見たくなる。

夜中に出発し、朝陽に間に合うよう、ひたすら車で飛ばす。4時間かけてたどり着いたところは、Mojave Desert(モハベ砂漠)。ハイウェイを降りてからは、徐々にすれ違う車の数が減り、最後はとうとう前も後ろも対向車線にも1台も他の車を見かけなくなる。もちろん街灯なんてありもしないので、たよりないうちの車のヘッドランプだけが唯一の文明の明るさなのだ。しかし地平線のすれすれから180度にわたって星が明るく見える。目的地は砂漠の中にある砂丘(Kelso Dunes)。
朝陽を見たときの気温はたぶん3℃くらい。砂漠の朝は寒い。
モハベ砂漠。 → 猫にごはん

砂漠と砂丘は何が違うかというと、トレイルを歩いて奥に行けばすぐに分かる。砂丘に入るにつれ、砂がどんどん深くなって足首まで沈みそうになるくらい、柔らかい乾燥した砂だらけになってくるのだ。それでも、どんどんどんどん奥へ行くと、もう草一つ、石一つなくなってくる。砂紋(さもん)には、小動物の足あとが何種類もあるので、生き物が生息しているのは間違いないが、何一つ音がしないので、非常に不安になってくるのだ。その静けさたるや、自分の耳の中の血が流れる音すら聞こえてくるように思えるほどの、完全なる静寂なのだ。
砂の上には何かの足跡。 → 猫にごはん

一人で歩いていたので、これはまずいかも、と来た方向を振り返ると、遠くのほうにJの洋服らしき色が見えてほっとする。『おーい』と呼ぶが、あまりに小さい自分の声はたちまち砂丘にすいこまれて、本当に声を出したのか、出したと思っただけなのか区別がつかなくなるような気分なのだ。それはそれは、恐ろしい静けさ。

砂丘の中の植物はまるで誰かが活けた花のように、ひとつひとつ形が違って、とても芸術的だ。
砂丘に生きる美しい草。 → 猫にごはん
サボテンも芸術的。 → 猫にごはん

奥まった砂丘を出ると、砂漠全体は国立公園になっているので、ちゃんとキャンプ場もあり、バイカーもたくさんすれ違い、みな思い思いに遊んでいるのを目にする。そしてよーく見ると、人っ子一人いないような見捨てられた土地にも、放牧中の牛がいたりして、道から外れた遠くのほうに人家があったりもするのだった。こんなところに住むなんて、よほどのへんくつな変わり者に違いない。こういう土地には、水が一滴もないように思えるが、実は地下水脈もあるのだ。
Hole-in-the Rock(壁の穴?)という場所では、地下の湧き水が飲める。飲料水と書いてあったので飲んでみたら、すごくおいしかった!と言いたいところだが、なぜかだし汁のような味のする、体に良くなさそうな水だった。昼間はTシャツでも暑いくらいの気温だった。いかにも砂漠らしいね。
おいしそうに見える湧き水。 → 猫にごはん

私はこのカリフォルニアの、荒涼とした、殺伐としている景色が好きなので、ドライブも楽しい。映画『バグダッド・カフェ』そのままの光景が広がる。ルート66を通って、だだっぴろい一本道をひた走り、ゴーストタウンで一休みする。たまに見かける貨物列車の写真撮り、手を振ると(←こんなことをやるのはJ)、運転士さんも手を振り返してくれ、陽気に鳴らしてくれる汽笛が砂漠の中に響き渡っていた。
これがルート66。 → 猫にごはん
みんな大好き貨物列車 → 猫にごはん


本日のドライブ、走行距離は616マイル(約1000キロ。東京から九州くらいの距離)だった。砂漠で朝陽を見よう日帰り強行ツアーは、今回は3人(夕陽好き選抜チームのマルコさんと私、そしてJ)で行ったので、運転手が多ければ多いほど、ラクで楽しいというのが分かった。みんな、おつかれさまでした。楽しかったね。
永遠と続くまっすぐ道。 → 猫にごはん
食事ももちろんアメリカン。 → 猫にごはん

2007年1月22日

ぼんやり考えたこと

一昨日、叔母が亡くなった。以前から具合が悪かったようではあったが、もう一度会えるかと思っていたのに残念でならない。優しく、たいへん面倒見のよい、リーダーシップのある人だった。最後まで仕事をばりばりしていた格好いい女性でもあった。

アメリカに住むようになってから、身近な人が亡くなったのはこれで4人目だ。
そのうち2人は仲の良い飲み友達だった。思い出すのは、あの頃一緒によく飲んだなぁということだ。2人ともたいへんお酒の強い女性だった。楽しい思い出しか残っていない。友達のうち、一人は私と同じ年齢というのも感慨深い。最後に会ったのは私の結婚式のときではないか。
葬儀のときはたくさんの知り合いが集まったと聞いた。今後友人同士が集まるのは、おめでたいことばかりではなくなってくるのかもしれない。もうそういう歳になったのか。
何より遠くて最後に会えなかったこと、お葬式にも参列できなかったことが寂しい。

話は変わるが、そういえば、おばさんという漢字には意味があるのだった。叔母(父母の妹)、伯母(父母の姉)、小母(よその大人の女性)。叔母さんに、最後に会ったときにもらった口紅は、まだ開けてもいなかった。使ってみようかな。

昨日から私がぼんやり考えていたのは、小学生のの頃テレビで観た、恐山のイタコのことだ。(※イタコは「口寄せ」により、死者の世界にいる先祖や肉親・友人・知人と、 現世に生きる人との仲立ちをし、今は亡き人の意志を伝達する。)
当時そのテレビを観たときに、あぁ自分にはイタコに呼んでもらいたい人がいない、どうしよう。と悩んだものだ(なぜ悩む?)。それほど、子供の頃は身近な知り合いで亡くなった人がいなかったのだ。今なら、あの友達もあの叔母さんもいるなぁ、などと考えたのは不謹慎だったろうか。いや、あの人たちなら、私のこういうところも許してくれるはず。心より冥福を祈ります。

2007年1月10日

秘められた栄養

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見よ、この美しいシクラメン。
植物を育てるのが上手な人のことを、英語で、green thumb(緑の親指)を持っているという。アメリカに来た当初、この単語を教わって、以来忘れたことはない。他の単語はどんどん記憶の縁からこぼれ落ちていくというのに、なぜか忘れられない単語というのが、こういう自分と縁のなさそうな言葉に限ってあるんだなぁ。

うちのベランダは全然植物の育たない呪われた地だった。しかし以前、ひと夏留守にした際に、Kさんとマルコさんによってそれが誤りだったと、見事証明されてしまったのだった。その夏に限っては、ぐいぐいとバジルが生い茂っていたが、昨年はひとかけらも何も生えてこなかった。しくしく。
私が育てることのできる植物は、ソフィーお嬢さまのための猫草と、そしてなぜかこのシクラメンの花だけだ。シクラメンはもう5年前のもので、鉢も土も買ったときのまま放ったらかしなのに、律儀に毎年花を咲かせる。しかし今年のシクラメンは勢いが違う。いつもより葉も多いし、花も多い。それにはちゃんと理由があるのだった。

昨年のこと。ベランダに蟻が大発生しているのに気がついた。大量の蟻を見るといつもパニックに陥って、家中に火をつけてしまいたくなる衝動にかられる私だが、なんとか蟻の発生源を突き止めると、そこはなんと、このシクラメンの鉢なのだった。この鉢は、2重になっていて、外側の模様がついている鉢を持ち上げると、そこからもう何億という単位の蟻が吹き出してきたのだった。こんな隙間に蟻の巣ができてるっ!ひー。それはもう、今思い出しても気が遠くなりそうなくらい、恐ろしい数の蟻だった。
とにかく速やかに、シクラメンあらため、蟻の巣をうちの中から撤去しなくてはならない。必死の思いで撤去して、移動させた場所は、アパート敷地内の植え込み。いえ、もちろんそんなところに勝手に捨てたわけではない。ほんの少々移動させただけなのです。これほんと。
そしてそれきり、シクラメンのことは忘れていたのだが、秋になって気がつくと(←かなり長いこと忘れていた)植え込みの中に、青々と元気な葉が生い茂っている見慣れた鉢があるではないか。その鉢を放置した先は、偶然にもスプリンクラーのすぐ近く。毎日定期的にきちんと水をもらえていたためか、シクラメンは我が家にいたときよりも、ずっとずっと元気になっていた。おまけに蟻ももう1匹もいなくなっている。
そしてそのまま、冬になって気がつくと、なんと今までにないほどのたくさんのつぼみを抱えているではないか。よっぽどこの植え込みの環境がよかったのか。それとも蟻の巣に何か栄養が秘められていたのか。しかしこんな日陰で、誰にも美しい花を愛でてもらえないのもかわいそうだということで、このたびまた我が家のベランダに移動させることにしたのだった(←勝手なやつ)。そのとき、蟻がいないかどうか、念入りに確認したのは言うまでもない。
以後スプリンクラーを見習って、毎日きちんと水をやっております(反省)。これからも毎年きれいな花が咲くといいね。

2007年1月 1日

夕陽選抜チーム

元旦の夕方、うちから最も近い、海岸に夕陽を眺めに行くために、車を出した。
別に年始早々飲んだくれていたために、初日の出が拝めず、その代わりにと夕方にしたわけではない(←かなり近いけど)。西海岸のサンディエゴでは、海から昇る日の出を見ることはできない。しかし、贅沢なことにいつでも海に沈む夕陽を見ることができるのだ。
私は海岸を散歩に行くのも大好きなのだが、夕陽を見に行くのもとても好きだ。大晦日はお気に入りの散歩スポットの海岸で散歩をし、元旦は別のお気に入りの夕陽スポットで夕陽を見る。どちらも車で10分足らずの場所にある。しかしながら、こんな近くの気軽な場所に、なかなか二人では行けないんだなぁ。
以前にも書いたが、Jは大の散歩嫌いで海嫌い(←本人曰く好きでも嫌いでもないそうだ)。
昨日は、今年最後の散歩だからと、なだめすかして前日から約束してようやく海岸へ行く。今日は、今年最初の夕陽だからと、再びなだめすかす。うーん、こんなに海嫌いな人がいると、説得するのも一苦労だ。

今頃の時期は夕方4時55分くらいに陽が沈む。うちを出発したのが4時35分。といえば、どんなにぎりぎり、それこそ本当に夕陽をながめるためだけに外出したということが分かるだろう。
今日は人がたくさんいるだろうと予想した通り、海岸には大勢の人がいて、夕陽を待つ。砂浜に毛布を敷いてコーヒー持参でながめている人。高台で本を読みながらその時を待つ人。人それぞれだが、元旦のこの日はいかにもみんな待ちもうけている感じ。日本で行ったら初日の出を待つ人と同じ雰囲気だ。
みんな夕陽が大好きなんだねぇ、と感慨深く見渡す私の横で、Jは言った。
「当たり前だ。今日こんなところにいるやつらは、夕陽好きの選抜チームみたいなもんだ」
そして、ほらあそこにも、ほらそこにも、と指差す先には、確かにいかにも相方に連れられてしぶしぶ来たかのような人たちがいる。例えば本を片手に夕陽を待っていたおじさんは、一人で来ているのかと思いきや、奥さんらしき人は暖かい車の中で座って待っていたりするのですねぇ。おぉ、Jのような夕陽嫌いがここいもいたか。こんなに近くに良い海岸があるというのに、夕陽を見に行かない方がもったいないと思うんだけどなぁ。
陽が沈むと同時に、たちまちあちこちで車のエンジンがかかり、帰ってゆく。この余韻のなさがまるでアメリカの映画館のようではないか。もちろん、早く帰ろう帰ろうというJにつられて、私たちもあーっちゅう間に帰ってきたましたとも。帰宅したのは、5時5分。正味30分の外出だ。今日は夕陽をながめた最短記録かもしれない。
決めた。新年の目標。
『週に一度はゆっくり夕陽をながめる』(←やめてくれー。byJ)
2007年初日の入り → 猫にごはん

2006年12月27日

長い道のり

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クリスマスが終わり、なんとなくまだ休日気分が続いている今日、久しぶりにJと二人で映画を観に行く。夜に映画館へ行くのもそういえば久しぶりだ。映画館がいつでも空いているというのは気楽なものだ。観たいと思い立ったらすぐにぶらりと立ち寄ればよい。
選んだ映画は『007/Casino Royale(カジノ・ロワイヤル)』。
いやもうかっこいいの何のって。未だかつてこんなに激しい乱暴者のジェームス・ボンドがいただろうか。私の感想はまるでターミネーターのような不死身さだ、というもので、Jの感想はまるで『24』のジャックのようだ、とのこと。まぁ、それくらいすごいということだ。何より近年の007にありがちだった、おもちゃのようなハイテク新兵器などが出てこないところがよい。
おまけにこのボンド役のダニエル・クレイグのセクシーなこと。それはもううっとりしますよ、奥さん(って誰に言ってる?)。このボンドになら、誰でも付いて行くって。はー、かっこいい。上映が終わった後、なんと拍手がわき起こっていたほど、2時間半余り息をもつかせぬ勢いがあった。
ちなみにIMDBの評価は7.9。Yahoo!MovieではB+。あら、この間の『BORAT』のほうが上ではないの。うーむ、数字の上での比較は難しい。

ところで、なぜ師走の慌ただしいこの時に、わざわざ映画を観に行ったかというと、話せば長い事情がある。
それは半年ほど前、夏の暑い盛りのことだった。
何気なくスーパーで買ったダイエットペプシ1ダースがそもそもの始まりなのだった。ペプシの外箱に付いていたのが、映画のクーポンコード。ネットで登録すれば映画のチケットがもらえるとな。さっそくサイトにアクセスし、個人情報をばりばり入力し、登録!
ところがなんと!クーポンコードが足りないとのエラーメッセージが出るではないの。そこで外箱の説明をよくよく読んだところ、クーポン6つ集めてようやく登録が完了するなどと、通常の人間の目には見えないほどの小さい字で印刷されているではないかっ。1ダースで1クーポン。ということは、6クーポン集めるには、6ダースのペプシ。つまり72本のペプシだ。ひー。もうだめだ。
すでに、このペプシのサイトで、年齢や趣味など全く不必要と思われる個人情報まで入力してしまった。しかし、たぶん私だったらここであきらめる。いやおそらく普通の人だったらみな、あまりの先の長さに絶望して、もう映画のクーポンのことなど頭の隅に追いやることであろう。
ところが、こんなことではあきらめない人がうちにはいたのだった。それはもちろんJ。なんとその後、本当に5ダースものペプシを追加で買ってきた。ま、まぁ、どうせ飲むしね。いいよ、べ、別にね。
そして気持ちを新たに、ペプシのサイトで追加入力。ふーやれやれ。と思ったところ、な、なんとっ。追加で買ってきた5ダースのうち、クーポン付きでない、ただの普通のペプシの箱が2箱もあるではないかっ!あと2箱もクーポン付きが足りない。しかし、もう私たちに後戻りはできない。なぜなら不要な個人情報がもうばりばり入力されてしまっている(しつこい)。
そこでもちろん、買い足しましたとも2ダース。この時点で在庫のペプシは合計8ダース、96本。我ながら、もう狂っているとしか思えない。何を考えているのだ。しかし努力の甲斐あって、めでたくクーポンコードの登録は無事に完了した。
そして数ヶ月後、ようやく送られてきた映画の小切手は、た、たったの一人分じゃないの〜〜〜〜〜〜〜〜〜!きーっ。
しかも小切手が有効な映画館が非常に限られていて、うちからハイウェイを飛ばして15分もかかる。あまりにむかついたので、そのままチケットは放置していたのだったが、ふと気がついたら、年内までが使用期限なのだった。というわけで、話は戻るが、それがこの年末のくそ忙しい時期に007なんぞを観に行った理由なのであった。あー、長い道のりだった。
最後に、そのときの96本のペプシがいったいどうなったかと、ご心配になっていらっしゃるであろう、そこのあなた。心配ご無用。もうぜーんぶ飲んで、一本も残っておりませんとも。あーっはっはっは(←バカ夫婦)。
途方にくれる長き道のり。 → 猫にごはん

2006年12月21日

サンディエゴのクラゲ

日本から友達が遊びに来ている。
人が来てくれると、それにかこつけて普段しないサンディエゴ観光ができて、それもまた楽しい。しかしサンディエゴは観光スポットの少ないところなので、どこを見て回ろうかと結構悩む。どれだけ少ないかというと、今回彼女が持ってきた日本語の『カリフォルニア観光』のガイドブックを見れば一目瞭然。目次を開いて、まずサンディエゴを探すと...。な、ない。全く項目すらない。あるのは、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ラスベガス(カリフォルニアじゃないけど)など大都市ばかり。しかし、よくよーーーーーく見ると、おぉ、『ロサンゼルス近郊』という項目があるではないの。そこにおざなり程度に、ほんのわずか4ページほど載っていたサンディエゴ。うぅぅ、悲しい。

まずは基本のバルボアパーク、オールドタウン、ラホヤの海岸、アウトレットなど押さえた上で、私の一押しサンディエゴ観光スポットはここだ。じゃーん。
Churros → 猫にごはん

ティファナ(←メキシコじゃ!)。ま、サンディエゴ近郊ということで、メキシコ半日観光。
今回の一番の収穫は、このチュロス(ドーナツ風揚げ菓子)。チュロスの屋台はたくさんあってどれも値段は一緒だが、選ぶポイントは、揚げ油が新しくきれいで、揚げたてであること。これは今まで食べた中で一番おいしかった。猫舌の人は食べられないほど、はふはふ熱々で、シナモンシュガーが香ばしい。これでたったの1ドルだ。
昼ご飯は、ビーフタコス、ポークタコス、コロナビールをそれぞれ頼んで、2人で4ドルしかしない。安い。うまい。

その他、私もこのたび初めてした観光は、サンディエゴ湾サンセットクルーズ1時間コース。ものすごくきれいだったが、ものすごく寒かった。ぶるぶる。
船から見上げるコロナド橋 → 猫にごはん

そして、最後のお勧めがこちらのBirch Aquarium(水族館)。ガイドブックにも載っているシーワールドなどとは違い、たいへん地味だが、お気に入りの水族館なのだ。ここは、海洋学研究所がやっているだけあって、魚の種類も豊富で楽しい。何よりライトの当て方や水槽の見せ方がきれいなので、うっとりする。
たつのおとしご(Sea Horse) → 猫にごはん

中でも私が一番大好きなのが、クラゲ(Jelly Fish)だ。いやもう、その優雅で美しいこと。宇宙の生き物のよう。いつまでもこの水槽の前で眺めていたくなるほどだ。
見ていると、このクラゲの水槽のところに来ると、10人に一人くらいが私のようにクラゲのとりこになる。そして「オゥ、ゴージャス」などとため息をつきながら、水槽の前から離れられなくなるのだ。この日も、アメリカ人家族4人連れのうち、お母さん一人だけがとりこになり、「マーム、カモーン!」などと子供にせかされながらも、いつまでもいつまでも呆けたように眺めていたのだった。そういえば私も友人を忘れて呆けていたな。
たくさんクラゲの写真を撮ったのだけど、どうも上手く撮れない。そして、動画を撮ればいいのだと気がつき、動画も撮ってみた。長いです。ファイルも非常に重いです。クラゲのとりこになりたい、そこのあなた。ぜひご覧くださいませ。
クラゲ動画はこちら 3535KB】

2006年12月17日

BORAT

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久しぶりに映画館に行くことになり、何を観ようか前日から悩む。そして考えていた候補3つのうち、結局全然違う映画を選んだのだった。
Borat』。
Yahoo.comの現在興行中の映画の中ではA-という最高の評価点がついていた。IMDBの評価も8点というかなりの高得点。
映画の正式なタイトルは、Borat(Cultural Learnings of America for Make Benefit Glorious Nation of Kazakhstan)というもので、長いサブタイトルがついている。内容はその通り、カザフスタン人がアメリカにやってきて、 カザフスタンのために役立てられるようなアメリカ文化を学ぶという話だ。
いやもう、それはそれは面白かった。始まったとたんに、場内では笑い声がおさまらず、といった感じ。一ヶ月も前から興行されているというのに、こんなに地味な映画がいまだ公開されているというところも驚きだし、いつもがら空きの映画館も、驚いたことにそこそこ人が入っている。さすがR指定なだけあって、大人向けのシーンもかなり多く、またそこが笑えるのだ。ネタバレになるので、あまり詳しい話はしたくないのだけれど、ほんの少々。
ユダヤ人に対して偏見のある、このカザフスタン人が、知らずにユダヤ人老夫婦経営のB&Bに泊まってしまったときのこと。ユダヤ人に殺される!と食べ物も口にせず、十字架と現金をにぎりしめて夜中中怯えていたりするのだった。場内大爆笑。これはもちろん、そんな偏見があるという自分自身をジョークにしてもいる。しかし、この手の宗教的・人種的ジョークというのは、日本では決してありえないし、今後もタブーのままだろうと思う。お互いこうして笑い合えたら、一歩進んだ関係になれそうなのにね。ちなみにこのオリジナルのコメディーは、ユダヤ人団体から訴えらたことがあるそうだ。
主人公ボラットは、もういかにも中東の人、といった感じの風貌なのだけれど(実際はイギリス人らしい)、ロデオ大会でアメリカ国歌を歌う役割を与えられたときのこと。それでも国歌となればマジメに立ち上がり、胸に手を当てるアメリカ人たちだが、めちゃくちゃな歌詞に大ブーイングがおこったりするところも、いかにもといった感じで笑える。

アメリカで映画を観ると驚くのが、映画が終わった瞬間に全員立ち上がり、すぐさま帰ることだ。それに比べて日本で映画を観ると驚くのが、エンドロールまできっちり座って礼儀正しく最後まで観る人のほうが多いこと。それがたとえ外国の見知らぬ言語の映画であっても(いやむしろマイナーな国の映画であればこそ、多いかも)。私はそれを、日本人全員がエンドロールをきちんと読んでいるというわけではなく、終わったばかりのその映画の、余韻を楽しみたい人が多いからだと思っている。
当然今回の映画も、終わって画面が暗くなった瞬間に、ほぼ全員が立ち上がりかけた。しかし、そのとき画面に表示された文字は『カザフスタン国歌』。するとみな申し合わせたかのように、きちんと席に戻ったのですねぇ。さすが他の国に対しても、国歌となれば敬意を払うのを怠らないアメリカ人たちよ、と私は感心した。
聞くところによると、カザフスタン国歌の歌詞は、大統領自ら作詞したそうだ。しかしこの映画の最後に流れた曲の歌詞はなんだかあまりにすごいものだったので、ほんとうに正しい国歌だったのかどうか私にはいまいち分からなかった。どなたかご存知でしたら教えてください。
という、なんだかよく知らない遠い国であるカザフスタン。どこまでギャグで本気なのかさっぱり分からないながらも、たいへん面白い映画だった。
カザフスタン、すごい国だー。

2006年11月28日

放置プレイ

家の中にあるはずなのに、ものをしょっちゅう無くしてしまう経験のある方、たくさんいるのではありませんか。我が家がそうです。猫のおもちゃは数限りなく、そこらに放置しておいたはずのピアスの片方だけ、靴下の片方、ボールペン、ポストイット、クリップ、使おうと思ったときにはどうして見つからなかったりする。それらがどこへ行ってしまったのか、私はこの本を読んでたいへん納得した。そうか。うちには猫がいるにもかかわらず、Borrowers(借りる人々)たちがいるに違いない。だったら、もう無くし物をしても、いちいち目くじら立てることはしまい。それらはきっと、どこかで誰かの役に立っているはず。もうおもちゃを無くしても、責めたりしないからねソフィー。

The Borrowers最近読んだこの本は、Mary Nortonの『The Borrowers』。
表紙を見たときから気に入っていたのだけれど、中を読んでみてさらに納得。ものすごくかわいらしい話なのです。なぜ今までこの方の本を読んだことなかったんだろうなぁ。まさに児童文学の名作。英語だとBorrowersだが、日本語だとこの本は『床下の小人たち』と訳されている。なんでもかんでも当たり前のように、人間から物を借りていく人たちの話。
図書館で借りてきたこの本は、オリジナルなのかどうかは分からないが、Beth and Joe Krushという方のイラストで、もうどの絵もかわいいのなんのって。Borrowers一家の部屋の間取りや夕飯の絵など、見ているだけで幸せになれるような、微に入り細に入った丁寧なイラストなのだ。あーかわいい。
英語の本は読むのも遅いし、そもそもあまり読まない。しかし、こういう本は別。1953年に書かれたイギリスの本なので、私にとってあまり読みやすい英語ではなかったが、すらすらとは言わないまでも、一気に読んでしまった。だいたい日本語で読んでも面白いと思えるような本でない限り、英語で読んではかどるはずがない。これは途中で読み終わるのがもったいないくらいの気持ちになった。

私はこういう気に入った本を読んでいるとき、数ページ残してわざと2~3日読まないで放置プレイをしたりすることがある。時には1週間空けてみたり、途中で違う本を読んでみたりもする。最後まで読んで終わってしまうのが残念だからね(貧乏性?)。そんな私を見ると、Jは、早く読まないと見てて気持ち悪いから今から寝ずに読め、と命令したりする。そういうJは、気に入った本は徹夜をしてでもその日のうちに全部読んでしまうタイプなのだ。なんてもったいない読み方だ。
このBorrowersシリーズは、全部で8冊あるようです。早く次を借りてこなくてはね。

2006年11月25日

ミラーボールのまわる夜

サンディエゴでボウリングをするのは、これで4~5回目になるのだけれど、夜だというのにいつもながら混んでいる。ボウリングはアメリカでも人気があるのだ。
アメリカでボウリングをやるときに困ることは、なかなか自分の指に合うボールを見つけるのが難しいことだ。なぜならいらなくなったマイボールを寄付する(置き去りにする?)人が多いのか、誰かの名前が書いてあったりするボールがたくさんあり、それらは、その人の指の大きさに合わせてオリジナルで作られているため、他の人には使えなかったりする。こんな手の人が存在するものかとびっくりするほど、親指とその他2本の穴の位置が離れていたりするのだ。自分に合うのを探すのが一苦労。確かによくボウリングに来る人だったら、マイボールの一つも作りたくもなるだろう。
一緒に行ったのはマルコさんたち。この日のメンバーは4人だったが、なかなかいいボールが見つからず、4人で2個のボールを使いまわすという省エネ使用となったのだった。それに比べて、隣のメキシコ人一家といったら、5人で10個近くのボールを使っていただろうか(おまけに帰るときも片付けないし)。
私たちのレーンの両隣は、それはそれはにぎやかなグループで、いやもう激しいのなんのって。投げるたびに、「ジョーアンナ!ジョーアンナ!ジョーアンナ!」などとにぎやかな応援の手拍子足拍子。喜怒哀楽の豊かなメキシカンの方々は、投げ終わった後も、床に倒れこんだり抱き合ったりと情熱的なリアクションが続く。楽しそうでいいね。でもお願いですから、後ろにボールを投げるのは止めましょうね。
そして何より、この奇妙なレーン。
柵付きレーン。 → 猫にごはん

ガータ防止用に両脇に柵を立てているではないか。このボウリング場では、こういうオプションができるらしい。柵が立っているから、どんなに激しく投げてもガータにならない。そのため、もうエアホッケーの如く、わざと激しく両脇に当てて、角度を利用して投げたりしているので、隣のこちらのレーンにボールが飛び越えて来やしないかと、はらはらする。
こんな周囲の環境にもかかわらず、私たち日本人グループは、スコア150~180というレベルの高い争いとなった(私をのぞく。しかし私も久々に100は超えた。えへへ)。おそらく投げ方もマナーも、このボウリング場で最も大人しく正統派だったに違いない。よそのグループの分まで後片付けをするところなんざ、さすがは礼儀正しい日本人(←自画自賛)。
夜遅くなると、天井の電気は一斉に消え、きらきらと回転するミラーボールの明かりだけとなった。たいへん投げにくい。何かの間違いかと思い、電気が戻るのを待つが、ムーディーな暗闇の中、サンディエゴのボウリング場の夜はこのままふけていくのだった。
真っ暗なレーン。 → 猫にごはん

ところでボウリングの待ち時間(実は1時間待ちだった)、隣接するゲームセンターで遊ぶ。9割方、時代遅れの日本製のゲーム機が並ぶ中、私たちがやったのは『ダンスダンスレボリューション』。初めてだったので、レベルの程度はお話にならないが、汗もかくしかなりの運動量だ。こういうゲームをアメリカでやっても全然恥ずかしくないところがよい。聞いたことのないディスコっぽい日本の曲がたくさん入っていた。ゲームも案内も日本語でしか表示されていないが、アメリカ人はやり方分かるのしらと心配になる。
靴を脱ぐところが日本人らしい。 → 猫にごはん

2006年11月24日

魔のブラックフライデー

感謝祭の翌日は、いわゆるブラックフライデーだ。アメリカではこの日、一年で一番大きなセールが開催される。なぜブラックフライデーと呼ばれるかというと、クリスマス商戦が始まるこの日、多くの小売店がその年初めて黒字に転ずる日を指すからだそうである。
ブラックフライデーの日に限っては、通常ではありえないほど早朝から店が開く。なかには日付が代わった0時ちょうどからスタートする店もあるのだそうだ。もちろん徹夜で行列に並ぶ人もたくさんいる。それほどすごいセールなのだ。
私はもちろんそんな気力はないので、テレビのニュースでへ~と眺めているだけだ。しかし、当日の朝になって、仕事の開始時間が遅くなり時間のあまったJが、急に行ってみたいと言い出す。めざす店は、『Fry's』。ここは大型電気店で、コンピューター用品などの品揃えに優れているため、我が家では御用達だ。ネットで広告をチェックしたところ、確かにこの日だけは半端じゃないほどの値引き。とても朝一とはいえない遅い時間ではあるが、せっかくだから行ってみるか。
店の駐車場は広大だが、決して停めることはできまい。最初からあきらめて隣のモールに車を置こうとめざすが、もうそもそも、Fry'sの1キロ付近から渋滞が始まっている。聞きしに勝る混みようだ。駐車場はまさに車でびっしりで、なにやら殺気立っている感じ。そこかしこでクラクションは鳴るし、運転席から降りて揉め事を起こしているドライバーまでいる。
激しい行列。 → 猫にごはん

目的のものはとりあえずこの3つ。
1.ウェブカメラ5ドル
2.スキャナ付きプリンター17ドル
3.2GBのUSBメモリ4ドル

なんて安さだ。この店のセールのいいところは、物がたくさんあることだ。限定10個などとケチなことはない。しかしもちろん売り切れも続出していることだろう。アメリカでは普通、広告の品物が売り切れていた場合、店の人に申し出ると、『rain check』という券をもらうことができる。それは、後でもらえる権利券というやつで、後日その品物が入荷された場合、広告と同じ値段で買うことができるという至極便利な制度なのだ。私は一度スーパーで、安売りのターキーサンドイッチが売り切れていたので、レインチェックをくれと頼んでいたおばあさんを見たことがある。こんなものでも、もちろん券はもらえるのだ。しかしながら、このブラックフライデーに限っては、『No rain check!』と大書きされている。勝負は厳しい。
店の中は外と同様激しくごったがえしている。店内をうねうねと何やら行列ができているのだ。これはまさか、レジに並ぶ人々?最後尾はどこかと尋ねると、Ooooooover there!だと指差す店員。それは広大なこの店のはるか地平線のかなたにかすむほど、遠ーーーーーい。ここが行列のスタートだと、目印の風船を持った店員によると、50分待ちだろうと、くたびれ果てたような顔でにこりともせずに応える。この人は今日一日、朝5時から風船を持って行列の最後尾に立っていることが仕事なのだ。この時点で買う気力はかなり失せる。
おまけに目的の品の、2は見つかったが、1はすでに棚にはない。いちおうプリンターを抱えて並んではみたものの、どちらともなく止めようか?と相談はまとまり、体力も気力もない私たちは、すぐに列をあきらめることにしたのだった。
ところでアメリカ人は、品物を棚に戻したりはしない。私たち同様、途中であきらめたと思われる人たちの選んだ品々が、そこら中に放置されているのだ。たとえば、冷蔵庫コーナーに、パソコンのモニターが放置されていたり、プラズマテレビが思いがけない通路に落ちていたりすることなどざらだ。私たちが見捨てたのと同じプリンターも、出口までの間に、4つは放置されていた。そしてこういう、見捨てられた品を狙う客や、専用の片付け係りまでもいる。みんなご苦労なことだ。
おそらくこの店は今日のこの日、サンディエゴ一混雑していたことだろう。そしてもう決して、決して、ブラックフライデーには行くものかっ!

2006年11月17日

勢いの悪い血管

私は注射が嫌いではない。特に血を抜くとき。針が血管にささったとたんに、びゅーっと鮮やかな血が注射器に勢いよく流れ込む様子を見るのが好きだ。あぁ今日も健康で血がたくさんあるんだわ、と実感できる。
なので、一度はアメリカでやってみたかった献血に行ってみることにした。日本でも献血は好きで何度かやっているのだが、昨年一時帰国した際に献血センターに行ったら、外国に住んでいた人は一定期間(一ヶ月)置かないと献血はできないと言われ、泣く泣くあきらめたのだった。
サンディエゴの血液バンク(San Diego Blood Bank)をネットで調べたところ、うちのすぐ近くのモールに、バンがやってくることが分かった。しかもネットで事前に予約をしろと書いてある。指示通り時間指定で予約を入れると、ちゃんと2日前に、予約確認のメールもくるし、電話で連絡もあった。丁寧だね。
写真付きIDを提示し、質問書に記入する。実はこの質問書、以前知人(日本人)がその中に分からない単語があったため献血を断られたという噂を耳にしていたので、ネットで念入りに単語を調べて完璧な状態にしておいたのだった。おかげでスムースにことは運ぶ。

バンの中には小さな個室が2つあって、そこで血圧をはかったり問診したりの献血前チェックをする。日本の献血と違い面白かったのが、個室の中で最後にやらされたこと。バーコード2つを渡され、自分の血液を寄付する場合は、こちら。しない場合は、もう一方のバーコードを、申込書に自分で貼れという。何でそんなことをするのか聞いたところ、誰にも知られずにこの個室で、『やっぱり血液を寄付しない』という最終選択の機会を与えるためだという。例えば友達同士、会社の同僚仲間などでみんなで献血に来たが、実は自分はAIDSにかかっていて寄付ができないとする。そのときにここで、最後の選択をし、いかにも献血をしたようなふりができるためなのだそうな。説明してくれた韓国人看護婦に、寄付しない方のバーコード貼った人見たことある?と聞いたら、ないと言っていたが、バーコードなので一般の人にはどちらのシールか全然分からないようになっているのだ。至れり尽せり。
バンの中には看護婦や医者が5~6人いて、「日本人はめずらしい」と看護婦二人に言われた。アジア人はあまり献血をしないし、特にアジア人男性は針を怖がるから少ないのだと。ちゃんと行きましょうね、アジア人男性たちよ。
しかし残念なことに、実は私はこの日献血ができなかったのだった。最初に左手に注射をしたところ、刺したところがだんだん腫れてきたから、と中止。次に右手にしたところ、血の勢いが断続的でよくないので、またまた中止。こんな理由で断られたこと、今まで一度もないのに。密かに、自分は血管の流れが良いほうだと思い込んでいたのに(←根拠はない)、なぜだ。2回も注射しておいてひどい。しくしく。
血を抜いた後は、ジュースとドーナツをもらっておしまい。見たらバンの中は、平日の昼間だというのに、いかにも体格の良い白人男性ばかりだった。確かにみなさん、私よりも血の勢いがよさそうだ。あー残念。しかし今日は知らない単語をたくさん覚えたな。
献血のバン → 111706_2.jpg

2006年11月12日

BBQと目ばちこ

ビーチでBBQ大会があると聞きつけて、散歩がてら見学に行ってみる。大会って言ったって、どうせただ焼くだけだろ、と思っていたが、ところがどっこい。みんな大マジメ。いやもちろん肉を焼くだけなのだが、焼き加減、スモーク加減など大きな違いがある(と思われる)。何もここまでというほどの大げさなBBQグリルを各チーム装備して、おそろいのTシャツでばっちり決めている。中にはこんなトレーラーまで(『All Hogs Go to Heaven』)。これが個人の持ち物なのだからすごい。
豚さんはみんな天国へ → 猫にごはん

本格的すぎるグリル → 猫にごはん

大会の主催は、California BBQ Association。お祭りっぽいのんきな雰囲気漂う中、審査員の方たちは真剣にBBQを召し上がってらっしゃる。そんなにBBQに違いがあるのか。トロフィーもたくさん用意されていて、たくさんの分野に分かれている様子。牛肉、豚肉、鶏肉、うーんあとは何だ。思いつかん。どう見ても参加チーム数よりも、トロフィーのほうがたくさんあるのが不思議だ。
アメリカ人は本当にBBQが大好き。
真剣に審査中 → 猫にごはん

BBQグリル型のトロフィー → 猫にごはん


ところで今朝起きたら、急にノアの片目(左)が腫れていた。昨晩までは何でもなかったのにね。いったい君は夜中に何をしていたのだ?痛々しいねぇ。
目ばちこノア → 猫にごはん

2006年11月 9日

さらばレコード

うちの近くに、TowerRecordがある。大きなモールに入っている大きな店舗なのだが、駐車場の外れにあってどうも辺鄙なのと、いつ通りかかっても閑散とした寂しい雰囲気をかもしだしているため、一度も買ったことはなかった。しかし、このたびのタワーレコード(米国)倒産に伴い、閉店セールをやっているため、最終日の今日行ってみることにした。

タワーレコードといえば、かれこれ20年近く前、初めてアメリカに来たときに初めて入って、たいそうどきどきしたのを覚えている。そこはえらい活気のある店だった。しかし何が驚いたって、当時日本でさえあまり見かけなくなっていた、カセットテープの音楽がたくさん売られていたことだ。アメリカ人はカセットテープで音楽のアルバムを買うのか!とびっくりした。考えてみれば、車社会のアメリカで、当時カーステレオといったらカセットテープなのだったから、いちいち録音する手間が省けて便利だと人気があったに違いない。懐かしいね。
ほんの20年でカセットテープ→LP→CD→ダウンロードと変化しているのだ。いまどきタワーレコードなど倒産してしかるべしだと、絶滅し、死に絶えてゆく恐竜を惜しむ気持ちで、足を踏み入れたこの日のタワーレコード。
それはそれは、混雑していたのだった!
ま、閉店セール中だから当たり前か。いつもこれくらいお客さんがいたら潰れなかっただろうに。久しぶりだなぁ、レコード屋。全品30%以上の値引きなので、今日は買う気満々。
特に目当てのものがなくてレコード屋にくると、選ぶのに手間取る。どこに何があるのか?きょろきょろしてみると、Latinoのコーナーにはいかにもメキシコ人ばかりいるし、ラップのコーナーには帽子をかぶってだぶだぶのシャツを着たラッパーがたむろっている。なんて分かりやすい。
Worldのコーナーは、ヨーロッパ各国からアジアまでたくさんある。試しに日本の棚を見てみると、たったの2枚しかなくて、ジャケットは芸者だし、入っている曲は民謡みたいな聞いたこともない曲ばかりのアルバムだった。ひどすぎる。
しかし、うろうろとRock&Popsのコーナーの『P』をながめていうちに、見つけた日本人ミュージシャン。じゃーん。
ぱぱぱぱ、ぱふぃー → 猫にごはん 

『PUFFY AMIYUMI』!日本コーナーに分類されていないなんて、さすがだ。もしかしたら、本当にアメリカで売れているのかこの人たち?
そして、迷った末に選んだCDは、私が『Omara Portuondo』(キューバ)と『Sly & Robbie』(レゲエ)、Jが『Corrs』(アイリッシュ)。なぜアメリカにいるのにアメリカ音楽を買わない!とセルフツッコミしてみる。ぶらぶら歩いて、CDを眺めるのはそういえば楽しいものなのだった。ジャケ買いもできるしね。今更ながらこういう店がなくなるのは寂しいものだ。さらばタワーレコード。
おみやげこれだけ? → 猫にごはん

2006年11月 8日

次と前

どうでもいい話ですが、我が家で先ほどギロンになったので、それについて書きます。テーマは『次と前』。

例えばこの『猫にごはん』には、ページの一番下までいっても、何のボタンもありません。しかし、エキサイトブログなどをご覧になったことのある方はお分かりかと思いますが、エキサイトでは、一番下に『次のページ>』というのがあって、クリックして、それ以前のページを見ることができますね。それが、変だ!という人がいるのですよ。
つまり、変だという理由としては、時系列で日記というのが書き表されるものであるため、以前の日記は『次』ではなく『前』であるべきだと。
またまたエキサイトを例に取りますが、『次のページ>』で古い日付にさかのぼったあとは、今度はそのページの一番下にある、『<前のページ』というところをクリックできるようになります。この時点での前のページというのは、つまり新しい日付のページに行けるということ。前が最新で、次が古い。これは間違いではないかと。前(previous)は過去のことで、次(next)は新しいのが一般常識で、これでは混乱をまねくし、分かりにくいのだそうだ。

何でこんな話になったかというと、実は『今日の猫』(このページの右上の猫写真をクリックしてみてください)のデザインを今日ちょっと変えて、右向きのボタン(こんな感じの > )を付けたところ、上記のようなクレームが持ち上がったのです。この人が言うには、右向きのボタンをクリックすると、昨日の猫の写真に変わるのはおかしい、と。右向きの矢印はあくまでも未来へ向かい、左向きの矢印が過去に向かう。なので、右向きをクリックすると、明日の猫。左向きをクリックすると、昨日の猫、というのが正しい。
これに反論する私の言い分は次の通り。
今開けているページから、未知のページに行くのだから、右矢印でいいのだ。時系列がどう並んでいようが、見ている人にとっての進行方向(新しいページ)が右矢印、すなわち次、すなわちnextなのじゃー!ぐたぐた抜かすな、ごるらっ!
というものですが、みなさまいかがでしょ。いったいどちらが使いやすいのか?
試しにざっと調べたところ、エキサイトブログAOLダイアリーFC2ブログiSeeNYブログが、次のページ=過去(時系列なんてどうでもいいのじゃ感情論派)。gooブログyahooブログが、前のページ=過去(時系列はきっちりね融通の利かないがちがち派)。ということで圧倒的に、どうでもいいのじゃ派が勝利していると思われる。イメージ的には、女性対男性、猫派対犬派などの、どちらが勝ちともいえない議論のような気がするが。そういえば、日本の地下鉄で、次とか先とか表示された、分かりにくい行き先表示板があったような記憶があるが、あれは今でも使われているのだろうか。
流行語もそうだが、どんどん新しいものができて、広く使われ続けるうちに、そのうち辞書にも載るようになっていくのだ。これからは、次が過去。過去が右矢印。それでいいのです。ね、J。
矢印ボタンのせいで、『今日の猫』が見にくくなったというご意見がございましたら、どうぞ。直すかどうかは分かりませんけどね。えへへ(←強情者)。

2006年10月31日

ハロウィン!

10月の最終日は、いわずと知れたハロウィン。アメリカに住んで5年目になるが、ハロウィン仮装パーティーには出席したことがあるものの、お菓子を配ったことのない私。一度はやってみたいものだと思い、一軒家に住むマルコさん宅におじゃまさせていただく。うちのアパートは子供の姿をめったに見かけないので、こういうときは住宅街の一軒家に限るのだ。
ハロウィンの日はアメリカ人は大人も平気で仮装して歩いている。運転しながらふと横をみると、隣の車の運転手は海賊だったりするのだ。なんだか夕方になるにつれ、もう怪しげなムードが漂う。

5時半すぎ、第一陣がピンポンとチャイムを鳴らしてやってきた!

Trick or Treat? → 猫にごはん

か、かわゆい。ほんとにトリックorトリート(『いたずらかお菓子か?』)とか言ってる。しかも子供のくせに、とても発音がいい(当たり前か)。みんなしっかり仮装してるし。そしてかぼちゃのバケツや袋の中に、お菓子を入れろと当然のごとく差し出してくるのが、かわいくて仕方がない。
以後、続々と仮装した子供が家を訪れてきて、用意のお菓子はあっという間になくなり、急遽追加で買出しに行くほどだった。結局全部で40人くらいは来たのだろうか。お菓子配り初体験のため、慣れていない私たちは、ピンポンとなるたびにアワアワし、どうも余裕がなくて、写真もなかなか撮れなかったのが残念だ。
子供たちには必ず一人は大人の付き添いがいるが、「Trick or Treat?」とやるのは子供のみで、大人は離れたところで様子を見ているだけの場合が多い。必然子供とだけ会話することになるのだが、それがまた会話が弾まないこと。こちらは「Treat!」と答えたあとは、キュートだの、I like your costumeだの、ハッピーハロウィンだの言ってみるが、小さな子供はそりゃあ受け答えなんぞあまりしないものだわな。なんだか事務的に、お菓子をはい、はい、と渡すのに終始してしまったが、普段身近に子供に接することがないので、こういうのも新鮮だ。お菓子配りも楽しいものだ。マルコさん、ありがとう。面白かった。
それにしてもアメリカ人の子供たち、ちゃんと仮装し、見知らぬ家を一軒一軒回り、見知らぬ大人と会話する。素直でいいねぇ。こういう経験を毎年していると、物怖じしない大人になるのだろうか。ご近所付き合いもできるし、とてもいい習慣だと思う。しかし大人も子供も、ノリが良くなくてはできない。日本でもこのイベントがいつか定着することがあるだろうか。どうも難しそうだ。

ハロウィンといえば、もう一つ、初めての経験をした。アメリカのおばけ屋敷(『ScreamZone』)に行ったのだ。
そこは歩いて暗闇の迷路を回り、特殊メイクをした人間のおばけたちが随所で驚かしてくる、最も怖いタイプのおばけ屋敷だ。どうせ怖いといったって、アメリカのおばけだし、たいしたことなかろうと思っていたが、いや、マジでびっくりした。セットもメイクも驚くほどよくできていて、いたって本気だ。
迷路の中は、ストロボ連射部屋や、揺れる床、突如壁から現れるピエロなど、悪夢を見そうなものばかり。何年か前の、ポケモン事件を思い出したほどだ。このおばけ屋敷は、子供は入れない理由がよく分かる。怖がりな人が近くにいるとたいへん盛り上がって楽しい。盛り上げてくれてありがとう、マルコさん、そしてJ。おかげで2倍楽しめた。
本気のおばけ屋敷。 → 猫にごはん

私たちのすぐ前を歩いていたカップルの彼女のほうも、相当な怖がりで、何度も腰抜かして絶叫していた。驚いて腰を抜かす人というのを、私は初めて生で見たので、それにもびっくりした。そんなに怖がっている彼女を先頭に、まるで盾のようにして、自分だけ逃げる彼氏。いかがなものかと思って、そのカップルをながめていたが、出口にたどり着いた途端に、今まで怯えていた彼女は猛然と怒り狂い、彼氏を置いてとっとと帰ってしまっていた。あのカップルのその後はいかに。

2006年10月14日

カリフォルニアらしい日

サンディエゴ一の大きなイベントといったら、エアショーだ。年に一度Miramarにある軍の大きな基地を一般開放し、3日間にわたり、航空ショーが行われる。エアショーの前日あたりから、サンディエゴ一帯に戦闘機が飛び交い、爆音が響き渡る。猫もおびえる一大イベントだ。
快適な屋根の上。 → 快適な屋根の上

今回はマルコさんにお誘いいただき、あづ。さんご夫婦等とみんなで集合。昼から食べたり飲んだりしながら、のんびりと見物した。見物場所はマルコさん宅の屋根の上だ。空が広くて一望できる。ハシゴに登って、初めて屋根の上など登ってみたが、広くてきれいで、暖かくて日当たり良好。斜めながらも、安定感があり、とても気持ちがよい。こんなに快適な場所だったら、さぞかし猫がくつろぎたくなるだろうて。いいねぇ。
やる気満々なご近所さん。 → やる気満々なご近所さん。

周りをみると、同じように屋根の上に登っているご近所さんも多々みかける。この老夫婦など、椅子やテーブルなど持ち出し、やる気満々。自由自在に屋根を歩きまわっていた。双眼鏡で基地を観察し、そろそろメインイベントが始まるぞ、などと大声でこちらにまで教えてくれる親切な方々だ。
大勢で屋根に登って、一箇所に負担をかけてはいけないと思いながら移動していたが、エアショーの目玉であるブルーエンジェルス(アメリカ合衆国海軍所属のアクロバットチーム)が登場すると、みんな戦闘機につられてつい大移動してしまい、気がつくと大の大人7人が2メートル四方の場所に固まっていたりするので、はらはらした。しかし屋根はびくともしない。丈夫なのだ。

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ブルーエンジェルスが低空を飛び、突っ込んでくるのを真下から見ていると、まるで屋根の上の私たちをめがけて爆撃してくるのではないかと思うほど、どきどきして鳥肌がたつ。操縦士が眼鏡をかけているのが見えた(←うそ)と確かに思えそうなくらい近い。あまりに高速で飛ぶので、通り過ぎてしばらくしてから爆音が聞こえる。これなら気づいたときには撃ち落とされていることだろう。
こういうの見ていると、感想はもう単純に、かっこいいとか、すげーとか圧倒されっぱなしになる。夜のローカルニュースでは、エアショーに見学にきていた小さい男の子が案の定、インタビュアーに応えて、「大きくなったらブルーエンジェルスになりたい」と興奮していた。こうして今日も未来のpatriotアメリカ人が一人増えていくのだった。そうだろうよ。私だってなってみたいと思うよ。かっこよかったもんね。カリフォルニアの青空に、美しい青い機体がよく映える。

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ところで、あづ。さんといえば、『雀荘あづ』。マージャン仲間の面々は、さすがに今回はマージャンはやらなかったが、エアショー見物後、誰もなにも打ち合わせもしていないのに、ゲームの準備が始まった。今日はモノポリーに興じる。親身な銀行家(あづ。さん)のコンサルタントのもと、ゲームは大いに盛り上がり、やがて夜はふけていったのだった。あー楽しかった。
巻物シリーズ。 → 巻物シリーズ

マルコさんが準備万端おいしい手料理をたくさん用意してくれていたが、私も二つだけ作って持っていった。今日は巻物シリーズで、カリフォルニアらしく『カリフォルニアロール』(←そのまんまだ)と『バナナロール』。裏巻き(海苔が内側)の太巻きはこのたび初めて作ってみたが、普通の太巻きよりも巻くのも切るのも簡単。作り方を忘れないうちに書いてみました。

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2006年10月 1日

再び国境

先月見たばかりの海の国境(メキシコとアメリカの国境)の、今度はアメリカ側の海岸へ行ってみた。両側から、こうして国境を見るのはとても不思議な感じ。私たちはどっちにも気軽に行けるのに、ここを命がけで越える人もいるのだ。
この海の国境、メキシコ側の柵には「危険物海底にあり」など、国境を越えないよう注意書きの看板が大きく掲げてあったものだが、アメリカ側には注意文言などどこにもない。何もない。アメリカからメキシコへ密入国する人などいないのだ。海岸にはただ柵があるだけ。海岸にもほとんど人気はない。こんな辺鄙な海岸にわざわざ遊びにくるのは、物好きな観光客(私たち)と、そして、メキシコに残してきた家族と国境越しに再会する人々なのだった。
国境越しのピクニック。→国境越しのピクニック

このメキシコ人家族は、国境をはさんで海岸でピクニックをしていた。なんだか切ない光景ではあるのだが、実際はタコスやお菓子を食べながら楽しそうにおしゃべりしていたのだった。メキシコ人は陽気だ。カメラを持っている私たちをみかけると、Vサインをしたり、カメラに向かってにっこり笑顔を見せてくれる。なので写真を撮るこちらも、気が楽でいい。
先月この国境に来たときには、柵越しにの屋台で何か買おうとしていた人に、アメリカの国境警備隊が厳しく注意をして売買は成立しなかった。しかしこの日見張りに立っていた国境警備隊員は、とても大らかな人柄らしく、全然平気。何も注意しない。メキシコ人たちも平気だと分かっているのか、なんとふざけて柵(国境)をすり抜けて遊ぶメキシコ人(大人)までいるではないか。信じられない。いいのかこれで。売買ももちろんじゃんじゃん成立している。海岸にいる『流し』のベサメムーチョ楽団に、アメリカ側から曲のリクエストをしたりしているカップルもいた。
国境越しのベサメムーチョ。→国境越しのベサメムーチョ

ちなみにこのベサメムーチョ楽団は、メキシコの観光地のそこら中にたくさんいる。たいていは3人で、このようにギター、アコーデオンなど抱えて街中を練り歩き、どこででもリクエストに応じて歌ってくれる。というよりも、ご飯を食べていたりすると、近寄ってきて勝手に演奏を始めてしまうので、『No』と最初に断らないといけないのだ。初めてメキシコに遊びに来たとき、私とJは勝手が分からず、突如始まった陽気なメキシコ音楽にあっけにとられているうちに、チップを請求されたものだった。くやしかったので、『ラ・バンバ』を歌えるか、とリクエストしたところ、もちろんだと彼らが胸を張って演奏を始めた曲は、『ベサメムーチョ』だった。違うじゃん。以来、私たちは親しみを込めてベサメムーチョ楽団と呼んでいるのだった。
音楽に合わせてぴったりくっついて踊る陽気なメキシコ人カップル。みんな楽しそうだね。今日は国境もほのぼのした休日の雰囲気だ。
そもそも今日の目的は海の国境を見に来たのではなく、アメリカ側のそのすぐ近くにあるアウトレットで買い物をすることがメインだったのだ。なので私たちは国境越えはしない。いろいろ買い物してご飯食べておしまい。このアウトレットは、従業員も客もメキシコ人比率が非常に高く、ほとんどスペイン語が公用語と化している。広くて混んでなくて、なんとなく大らかな雰囲気のある気楽なアウトレットだ。ここから渋滞の全くない広いハイウェイを飛ばして帰ると、20分足らずで家に着く。同じメキシコ側の海の国境から、前回は4時間もかけて検問を通ってきたのにね。今日は楽チン楽チン。
右アメリカ、左メキシコ→右アメリカ、左メキシコ

2006年9月18日

サイトリニューアルしました

このたび、サイトのデザインを新しく変更いたしました。いかがでしょ。

ちなみに、本来の目的はサーバーの移転とブログ(MovableType)のバージョンアップ(3.1→3.3)。今までは自前のサーバーを使っていたのだけれど、あまりに更新に時間がかかるので、レンタルサーバーを借りてサイトを移転。これで少しはコメント入力なども早くなるといいのだけれど...。ブログのバージョンアップは、アダルトサイトからくるトラックバックスパムの削除に疲れ果てたため。削除するのは簡単だから別にかまわないのだけど、その都度更新に時間がかかりすぎ。今後トラックバックは、『猫にごはん』にリンクが張ってある内容からのものだけを受け付ける仕組みにしてありますので、どうぞよろしくお願いいたします。
『猫にごはん』を始めてから2年9ヶ月。最初の頃来るスパムコメント・トラックバックといったら、英語のものばかりだったのに、最近では日本語や中国語のものまで現れだした。今のところスパムは受け付けないような対応をしたのだけれど、どうせこういうのはいたちごっこにしか過ぎないのに違いない。
このブログには一応地味ながらアクセスカウンターもつけている(画面右下隅)。つけ始めてから、1年7ヶ月で10万8千余のアクセスがあった。そういえば、全然気づかなかったのだが、先月末に10万ヒットのキリ番をふんだと勝手に自己申告してくださったJ兄さま。そのうちキリ番プレゼントを贈らせていただきまーす。
ブログをMovableTypeに変えてから(2004年11月)、1年10ヶ月でエントリーした数は365、いただいたコメントは約5000。幸いにもすべてあたたかいコメントばかりで、削除したことは一度もありません(除く多重投稿)。
まだ多少リニューアル中ですが、ご容赦くださいませ。不具合、ご感想など教えていただけると助かります。

みなさま、日ごろより『猫にごはん』をご愛顧いただきありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

2006年9月10日

眼鏡猫

先日抜いた親知らずの歯をいまだにケースから取り出して眺めているJの横で、今私がにやにやと眺めているのは、眼鏡。むふふ。出来上がったばっかり。
普段は眼鏡をかけなくても全然生活ができるのだが、運転や授業のときなどだけかける。しかし前回眼鏡を作ったのは日本にいたときで、もうかれこれ8年も前のことなのだ。当然それから視力も悪くなっているし、かけたりはずしたり扱いが乱暴なので、どこかゆがんでいる。そろそろ新しいのがあってもいいなと思っていたところ、このたび判明したのが、なんと眼鏡を作るのに保険が利くということ。1年に1個タダで作れる。なんだ。知っていたらもうアメリカに来てから5個もタダで眼鏡が手に入ったのに(←けち)。

アメリカでは眼鏡屋に行っても、そう簡単には眼鏡は作れない。目医者の診断がいるのだ。予約をし、眼鏡屋へ行くと、そこには目医者がでてきて、ちゃんとした診察室みたいなところで目の診察をしてもらうのだ。入念な視力検査だけではなく、本当に診察もする。実はこのとき医者が診察した結果は、恥ずかしながら全く理解できず、何度も聞き返し質問したが、ボキャブラリーがないものはいくら聞いても分かるまいと、医者も私も結論をだしたのだった。専門用語はむずかしー。しまいには、大丈夫だからと言われ、なにやら目薬を2種類さされたのだった。その薬によって瞳孔が広がり、しばらく日向に出るなと言われ、紙のサングラスを渡されて、検査はおしまい。いったいあのとき何が悪かったんだろう私の目...。
そしてフレームは勝手に選べるものかと思っていたが、こちらは眼鏡屋の坊主頭の妙に親切な店員がつきっきりで、いやむしろ彼が積極的に選んでくれた。おまえの顔にはこれが合うと、いやに確信をもって細いフレームを勧めてくる。いや、こちらがいい、と意見を言ってみるが、No!ときっぱり首をふってその眼鏡はしまわれてしまう。な、なんてやつだ。しばらく坊主頭と2人で悩んだあげく、両者がようやく妥協し選んだフレームが一つ。それがこれ。ジャーン。
私にも似合うでしょ。 → 私にも似合うでしょ

うれしいな~、新しい眼鏡ってわくわくする。眼鏡をかけて運転すると、あら、前の車のナンバープレートまでもとってもよく見える(←今まで見えてなかった)。これからは面倒がらずに、頻繁に眼鏡のチェックをしなくてはね。

2006年9月 3日

国境というもの

休日の午後、小腹も空いたしどこへ行こうかと相談し、そうだタコスを食べに行こう!と突然思いついた。タコスとくれば当然メキシコだ。食べて帰ってくるだけだから、まぁ、国境越えが早くて1時間、待っても往復2時間で帰ってこれるだろう。ところが、このあと恐ろしい運命が待ち構えているとは、そのときは思いもよらなかったのだった。
サンディエゴから車でメキシコ側の国境の町ティファナに入るのは、うちから20分たらずだ。アメリカからメキシコに入るときは、もちろんノーチェック。待ち時間ゼロ。パスポートの提示すら必要ない(しかしアメリカに戻る際には絶対に必要)。行きつけの店でタコスを食べる前に、今回は見てみたいところがある。陸路での国境は徒歩でも車でも何度も越えたが、果たして海の国境はどうなっているのかということ。
不法に国境を超えてアメリカに渡ってこようとするメキシコ人が、年間何万人も命を落としていると聞く。国境の壁に立てかけられた、果てしなく続く十字架の数々。国境では麻薬の密輸が摘発されたり、アメリカ側の犯罪者が国境を越えてメキシコへ逃げたり、地続きの国境をめぐる事件は頻繁におこっている。
ティファナの町から、海まではまっすぐ西へ約15分程度で行ける。初めて見る海の上の国境はこんな感じ。
右アメリカ、左メキシコ → 右アメリカ、左メキシコ

海上数キロに渡って国境の壁があるかと思いきや、海上にはほんの数メートルしか柵はない。びっくりした。これなら多少泳げる人なら楽に越えられる距離。しかし、もちろんそんなに簡単なはずはないのだった。柵には大きな字で、『DANGER OBJECTS UNDER WATER(海底に危険物あり)』と英語とスペイン語の看板がかけられており、注意がよびかけられている。白い砂浜のきれいな海岸には、アメリカ側でもメキシコ側でも平穏に海水浴をする人たちの姿が見えるが、無粋な国境は砂浜だけでなく海底にもしっかり設置されているのだった。
陽気なメキシコの海岸 → 陽気なメキシコの海岸

メキシコの砂浜には、屋台の出店がでており、にぎやかなメキシコ音楽がかかっているところが、アメリカと違うところだ。国境の柵といっても、木の間隔は20センチ近くもあるので、手を伸ばしたりできるし、子供だったらそのまますりぬけられそうな感じ。柵のすぐ近くのメキシコ側で、果物(マンゴ、パパイヤ、ココナッツなど)とお菓子の小さい屋台が出ており、アメリカ側の海水浴客の一人が国境をはさんでお菓子を買おうとしていた。おぉ、アメリカ側にも商品を売っているとは手広い商売だと感心していると、さっそく飛んできた国境警備隊。砂浜を一望できる高台に警備の車が停まっており、厳しく監視しているのだ。このときも警備隊にみつかって売買は成立しなかった。きっと人が超えようとしたらその場で撃ち殺されるに違いない。

こういう光景を毎日目にしていたら、どんな気持ちになるだろう。自分がメキシコ人だとしたら、さぞかし感じ悪いと思うに違いない。もともとカリフォルニアはメキシコ領土だったのだ。そういえば以前ESLのクラスで、戦争の話題になったときに、メキシコ人の男の子が「ここ(サンディエゴ)だって本当はメキシコのものだったんだ!」とアメリカ人教師にむかって食って掛かっていたのを見たことがある。そのとき先生は「Yes, we took it!(そうよ、私たちが取ったのよ)」と堂々と答えていたのが、いかにもアメリカ人らしいと思ったのだった。
こんなこと書くといかにも陰鬱な国境の光景のようだが、そこは陽気なメキシコ人たち。私たちにどこから来たのかと話しかけ、自分の写真を撮ってくれとポーズをとる。彼が楽しそうにもっているのは、アメリカとメキシコの国旗がつながった布。こんなのいつも持ち歩いてるのか。
陽気なメキシコ人。 → 陽気なメキシコ人

国境見物のあとは、ティファナのダウンタウンへ戻りタコスを食べて、はい帰国。と思いきや、アメリカへの国境越えはかつて見たことのないほどの大渋滞だった。そうだ。今日は3連休(Labor day)の最終日、しかも夕方のラッシュ時だった。あまりの激しい渋滞に恐れをなし、ティファナの次の検問所オテイメサを目指したが、それがまた失敗の始まりだった。あまり通りなれないオテイメサの町は、どれくらい混雑しているのかも分からないまま、行列の後ろについたが、永遠と車は続き、いっかな国境は見えやしない。
結局並んでからアメリカに着くまで約4時間。国境越えの最長記録だ。途中トイレには行きたくなるし、行列がめちゃくちゃなため、激しい割り込み合戦で精神的に消耗はするし、タコスを食べに行ったというのに、行列の車の中ですでにまた空腹になってしまうし、踏んだり蹴ったりだ。検問所では嫌がらせのように、のろのろと1台ずつ車をチェックし、パスポートのページを一枚一枚ゆっくりめくっている。通常だと日本人の私たちはほとんどノーチェックで通れるのに、今回はいろいろ質問され、トランクまで調べられた。
家に帰ってからJが調べたところ、私たちが並んだ行列の長さはたったの約2キロ。つまり時速0.5キロというひどさだ。お盆の帰省ラッシュよりひどい。あー疲れた。もう当分メキシコなんか行きたくない。
国境の長い行列。 → 長い行列

2006年8月30日

ニューヨーク旅行 -食住-

旅行中楽しみだったのが、食べること。ニューヨークには世界中のおいしいものがたくさん集まっているに違いないと、期待は高まる。都会は一人でご飯を食べるのが苦にならないところがいい。サンディエゴなんかだと、レストランに入って一人の人を見かけることがそもそも少ないし、ましてやディナータイムに女性一人など見たことがない。アメリカの片田舎在住でカップルじゃない方は、さぞかしたいへんだろうといつも思う。その点、アメリカよりも日本のほうが、一人の外食がしやすいような気がするが、いかが。
行ったのはこんな店。 → 行ったのはこんな店

この写真は、セントラルパーク近くにある『Good Enough to Eat』という店。週末は行列のできる人気店なのだ。平日の朝だというのに、外まで満席。
1週間の旅行中、3食外食ともなると、どこに行こうかいろいろ悩む。全く不案内なので、ニューヨーク在住の雅子さんからおいしい店情報をたくさん教えてもらい、ほぼその教えてもらった通りにレストランを選んだのだった。ここで食べたのは、レーズンとくるみたっぷりのフレンチトースト。添えられていたストロベリーバターがまた、お代わりしたくなるほどのおいしさなのだ。
絶品フレンチトースト。 → 絶品フレンチトースト

人気のあるおいしい店というのが、当たり前だが食べてみて本当においしいのでびっくりする。さすがニューヨークはレベルが高い。中でも一番おいしいと感心したのが、パンとイタリアンなのだ。と書くと、少なくともサンディエゴ在住者からはうらやましがられるに違いない。私の数少ない過去の経験から、アメリカで食べるパンやパスタにはいつもがっかりさせられてきたので、今回の旅行中は食べたものに感心することしきり
絶品ラビオリ。 → 絶品ラビオリ

これはチェルシーにある『Pepe Giallo』という店で、ここで食べた茄子とリコッタチーズのラビオリは超絶品だった。ラビオリってあまり好きな食べ物ではなかったのだが、こんなにおいしいものもあるのだなぁ。ミートソースもすばらしくまろやか。ワインも安くておいしい。
一人でも寂しくないよう毎晩しっかり飲んでいたが(←単に飲みたいだけ)、夜外を出歩くのが怖いので、いつも早めに帰っていた。というのも、泊まったところに理由がある。

ホテルは2箇所予約した。
1つ目はメトロポリタン美術館に近い、アッパーウエストのホテルで、セントラルパークを散歩がてら歩いて美術館へ行きたかったので選んだ。今回の旅行では、なるべく無駄な出費を避けて安上がりにしようと思ったので、ニューヨークにしてはとっても安いホテルを探したのだ。恐ろしく狭くて、たぶん今までに泊まったどのホテルよりも小さい部屋だった。ここは治安はよかったが、3階の部屋だというのに(もちろんエレベーターはない)、夜中に目がさめたら部屋に蟻の行列ができていてびびった。以後、食べ物は部屋に持ち込むまいと心に誓ったのだった。
2つ目はアパート型ホテルで、『あなたもニューヨーカーのように生活してみませんか』という釣り文句に、まんまと釣られて予約してしまった。ダウンタウンにあり、駅からはそう遠くはないのだが、もういかにも治安がよくなさそうな雰囲気の場所だった。地図を片手にたどり着いて眺めたその建物の第一印象は、ここは廃墟か?と思うようなアパートだったこと。しかし滞在型というだけあって、こんなところでも本当に長期滞在している住人もいるのだ。部屋もものすごく狭くて、たぶん清潔ではあるがどことなく汚い。何でも安いものには理由があるということだ。ここに比べれば最初のホテルなど、高級ホテルといえよう。さらに思えば、一番最初にヒューストンで泊まったしけたモーテルなどは、宮殿のごとしだ。
何よりたまに廊下ですれ違う、その長期滞在している住人たちが怖かった。一見して、薬の売人かポン引きのような雰囲気の方々で(←勝手な想像)、皆、辛い人生に翻弄され疲れきっているようなあきらめ感がにじみ出ている。怖いよー。もしかして私の人生の中で、人に殺されて死ぬような運命があるとしたら、ここで殺されるに違いないと恐怖を感じる。しかしこうしてブログなど更新しているということは、特に何もキケンな目になど合わずに無事に帰ってきたということだ。案外何とかなるものなのだ。楽しい旅行だった。

だらだらと書いてきたが、ニューヨーク旅行記はこれで終わり。長いエントリーを読んでいただきどうもありがとうございました。
チャイナタウンで食べた絶品鴨そば。 → 絶品鴨そば


教訓 : 都会で宿を選ぶときには注意が必要。

ニューヨーク旅行 -出会った方々-

ニューヨークでお会いした方第一弾は、この方。じゃーん。
ひもを狙う拓ちゃん → 拓ちゃん

写真をみただけでお分かりになった方、たくさんいらっしゃると思います。これは『ニューヨークでのヨガ生活』でおなじみの雅子さん、の愛猫の拓ちゃん。雅子さんとは夕飯を一晩ご一緒させていただき、翌日のお宅訪問で、そこで拓ちゃんにも会うことができた。それはそれはもう美しい拓ちゃん(あ、もちろん雅子さんもお美しゅうございました。うふ)。しかし第一印象は、で、でかい....。18ポンド(8キロ超)あるという堂々たる巨猫の拓ちゃんは、四肢も骨格もがっしりとたくましく、大きくなるべくして育った麗しい猫で、決して太っているわけではない(と思う)。
まだ若猫なので、ひもで簡単に遊んでくれるところがかわゆい。何をしてもちっとも怒らない。好きなだけなでたり抱いたりさせてもらい、うちの猫たちと会えない寂しさをしばし紛らわせてもらった。私は大きい猫が好きだ。大柄な拓ちゃんを見たあとで、家に帰ってうちの猫たちに再会したときには、なんだか小さくて物足りない感じが少ししたのだった。
雅子さんには、ソーホーやイーストビレッジ周辺を案内してもらい、貴重なお勧めレストラン情報をたくさん教えてもらった。初対面とは思えない気分にさせてくれた、優しくて気さくな雅子さん。どうもありがとうございました~。

そしてもうお一方お会いしたのは、『猫に納豆』のちきかよさん。ちきかよさんとは、かれこれ2年近く前からブログで知り合いになり、このたびニューヨークへ遊びに行くことを連絡したところ、一緒にご飯を食べることになったのだった。
日曜のブランチに行ったお店は、Sarabeth'sという人気店で、雨の早朝だというのに、食べ始めた頃にはもう行列ができていた。ほんと、おいしい店はみんなよく知っていること。
絶品パンケーキ → 絶品パンケーキ

私が食べたのはこの写真の、レモンとリコッタチーズのパンケーキで、もうそれはとろけるような爽やかなおいしさで、絶妙な組み合わせとはこのことだ。どうやって作るのだろうかと思っていたが、ちきかよさんのサイトにレシピのリンクが張ってある。どうぞお試しあれ。
ちきかよさんは想像通りの魅力あふれる方で、ばりばりと大都会で働く、しかしたおやかな女性なのだった。そして飲んだらとっても面白そう。次回は一緒に飲み交わしましょうね。ちなみに、ちきかよさんの愛猫ニケちゃんは、2ポンド(1キロ弱)しかない小柄な猫だそう。いろいろな体格の猫がいるものよ。

地下鉄のホーム。 → 地下鉄のホーム

ニューヨークの地下鉄の中では、いろいろなことをしている人がいる。大きな駅のホームでは、それこそ様々な楽器を演奏している人たちがいるのだ。私が見たのは、ドラム、サックス、ギター、横笛、縦笛、古代風の笛、バイオリン、その他不明な楽器などなど。これらの人々は、ホームだけでなく電車の中にも現れて、一曲演奏するとお金を集める容器を手に乗客の間を回るのだった。
そういう人があまりにたくさんいるので、そうそう毎回小銭を渡すわけにはいかないのだが、ぐっときてしまった例を二つ。
ひとつは、ペルーの民謡を素朴な楽器で演奏する、ペルー人らしき二人連れ。とっても上手だった。タダで聴かせてもらうのがもったいない感じ。CDも出している様子であった。
地下鉄の中。 → 地下鉄の中

そしてもうひとつが、何も演奏しないがある女性。空いている数人だけの車内で、突如として澄んだ大きな声がした。
「私の名前はレイチェル。36歳」
見ると身なりもそんなに悪くない白人女性。いやむしろ、小汚いジーンズの私よりもきれいな格好をしている。疲れたような顔で、しかし正面を向いて堂々と大きな声が続く。
「子供が二人います。私は突然このような(物乞いをしなければならない)状況になってしまいました。お金が必要なのです。どうか助けてください」
私はもとから、女性の物乞いの人に弱い。見てはいけないような気分になるのだ。1ドル札を用意すると、すっと近寄ってきた彼女は目を合わせずに、「God bless you」とうって変わって小さな声でつぶやいた。誰だって他人に物乞いなどしたくないのだ。頭など下げたくないのだ。今この瞬間この人は、施しをする私のことをどんなにか憎んでいるだろうと感じる。お金を入れるアイスクリームの空き容器は、使い込まれたようにぼろぼろだった。
普段だと、印象に残った人のことは、この人はどんな人生を送っているのだろうと、いろいろと想像をめぐらせて楽しんだりしているのだが、このときはなんとなくこれ以上考えるのはやめようと思ったのだった。「You too」と言えばよかったなとしばらく後悔した。

ニューヨーク旅行 -観光-

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この写真、なんだかお分かりになるでしょうか。そう。映画『ビッグ』をご覧になったことのある方なら見覚えがあるはず。大人の姿になってしまったトム・ハンクスが映画の中で遊ぶ、五番街にあるおもちゃ屋さん(FAOシュワルツ)のピアノ鍵盤だ。たまたまこれはショーの時間で、映画の中でかかった曲を2曲演奏していた。懐かしいなぁ。この映画かわいらしくてすごく好きだった。

ところで、そもそもミュージカルには全く興味がなく、それどころか嫌悪感すらあったので、今回の旅行でもはなから行く予定はなかった。しかしマンハッタン在住の雅子さんの「ブロードウェイのミュージカルは他とは違いますよ」の一言で、急に見てみたくなったのだった。そうこんな私でも、昔のことだが過去に日本で2度ほどミュージカルを見たことがあるのだ。いずれも誰かにチケットをもらったとか、そんな理由で行ったもので、もう何だったかも忘れてしまったが、生真面目な内容だった。普通のテレビでいつも見るような役者さんが、普通の日本語のセリフの合間に突如として英語まじりの日本語で歌いだす、その違和感がたまらなくゾゾっとしたのだった。
物語と同じにデコレーションされている劇場のトイレ。 → 劇場のトイレ

今回観に行くことにしたのは『Hairspray』。もちろん聞いたこともなかったが、トニー賞8部門を受賞した作品だそうだ。60年代アメリカの、都会に憧れる太った10代の女の子が主役のラブコメディーだ。そして、それはそれは本当に笑えて楽しめた。こういう楽しいミュージカルというのもあるのだなぁ。歌も踊りもすごかった。何で昔はあんなに嫌いだと思ったのだろう。不思議だ。チケットはTKTS(安売りチケット屋)で当日分が半額で買える。

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天気が悪くてぱっとしない写真だが、自由の女神も見てきた。時間がなかったので観光船ではなく、Staten島行きの通勤用フェリー(無料)に乗ったが、このフェリーもまた自由の女神の近くを通り、マンハッタンを一望できる。片道25分。Battery Parkのフェリー乗り場から、30分おきに出航している。

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このにぎやかな夜の街角の写真。これはタイムズスクエアの一角で、なぜこんな歩道の真中で何人もが携帯で電話しているかというと、ここにはウェブカメラがあるのだった(TimesSquareCam)。
たまたま旅行前ネットで見ていて、タイムズスクエアを通った際に、きょろきょろしていたらその場所を見つけた。そしてこの写真のように、携帯電話で、ネット中の誰かと話しながら、カメラに向かって手を振っている人などが数人いたのですぐに分かった。早速私も家にいるJに電話し、生の映像を見てもらったのだった。一方通行とはいえ、テレビ電話みたいで面白い。帰宅してから、Jが画面キャプチャーしてくれた画像を見てみたら、案外ちゃんと顔が分かるので笑える。
ニューヨークへ遊びに行くご予定の方、お勧めです。タイムズスクエアのTGIFriday'sが目印ですよ~。

ニューヨーク旅行 -美術館-

ニューヨークに行ってしたかったことの第一は、メトロポリタン美術館へ行くこと。ここは前回来たときにも半日費やしたのだが、いかにも全然時間が足りなかったのだ。今回は下調べも充分に、3日間をゆっくりメトロポリタンで過ごすことにしたのだった。あー贅沢だ。
1日目は、気の向くままにぶらぶら館内を歩く。2日目は、アジア部門、ギリシア・エジプト部門、彫刻、モダンアートその他を軽く見学。そして最後の3日目。オーディオセット(作品案内が流れる)をレンタルし、案内書を片手に、一番見たかったヨーロッパ古典絵画を中心に、一つ一つ心ゆくまで時間をかけて鑑賞する。絵画があるたいていの大きい部屋の中心には、ベンチやソファが用意されている。そこで好きなだけ休憩しながら、何度も行きつ戻りつしながら、隅々まで歩く。こういうとき、時間や連れの人を気にしなくていいところが、一人旅のいいところだ。古典絵画だけで6時間かけた。幸せ。
その他回った美術館は、クロイスターズ(メトロポリタン別館、The Cloisters)、フリック・コレクショングッゲンハイム美術館MoMA
クロイスターズは、大金持ちのロックフェラー家が寄贈した美術館で、マンハッタンの北端に位置する。ヨーロッパの古い教会などを、そのまま丸ごと船で運んできて移築したもので、その建物から見える景色も永遠に損なわれないよう、丘や対岸の土地も全てロックフェラー家で買い切ってしまったとのこと。確かにどこか高原の湖にでも来たような、マンハッタンとは思えないような光景が広がっている。ヨーロッパに行ったことのない私は、本物の古い古い西洋建築をここで初めて見た。アメリカにあるヨーロッパ風の古い建造物とは全然違う。そしてこの中にある彫刻や十字架やタペストリーの、なんとしっくり雰囲気に合っていること。大雨の中、わざわざ来た甲斐があるというものだ。
キュクサの回廊(クロイスターズ) → キュクサの回廊

ところでこの日の大雨は、私がこれまでの人生で経験したことのないほどどしゃぶりだった。傘などあってもなくても、とことんびしょ濡れになってしまうひどい雨で、傘やレインコートを身に着けている人でも、雨宿りが必要なほどなのだった。ちなみにタイムズスクエアの街角で3ドルで買った安物折りたたみ傘は、雨漏りがするし(どんな傘だ)、すぐに折りたためなくなってしまったし、しまいには文字通りばらばらに分解してしまい、3日間で捨てるはめになった。さすがは安物だ。

フリック・コレクションは、これまた大金持ちのヘンリー・フリック氏の個人的コレクションを、元邸宅をそのままつかって一般公開している美術館だ。ヨーロッパ絵画を中心に、小さいながらも充実した品揃え。個人所有の絵画だからどういう形で公開しようと、全くもってご本人の勝手なのだが、できれば目と鼻の先にあるメトロポリタン美術館に全部寄贈して、画家や年代別に一緒に並べて公開してくれたらいいのにと思う。この美術館にはフェルメールが3点ある。おまけにここは写真も一切禁止(メトロポリタンなどでは、ストロボをたかなければ写真を撮ってもOKである)。そして亡き氏の遺言により、ここにある作品は、他美術館には貸し出しは一切しないそうだから、世界のどこかで〇〇展が開催されても、ここの絵は見ることはできない。興味のある絵があったら、ぜひ訪れて見ましょう。
ペルセウスとメドゥーサの頭(メトロポリタン) → ペルセウスとメドゥーサの頭

ところで、メトロポリタン美術館にあるゴッホの自画像は、裏側に別の絵が描かれているので、両方が見えるよう部屋の中央に置かれている。そこでは入れ替わり立ち代り見学者がやって来て、その自画像の横に顔を近づけて絵と並んで記念写真を撮っていく。何でゴッホの絵と一緒に写真など撮りたいのだろうと不思議に思うのだが、ちょうど高さも並んで立てる位置にあるせいか、国籍問わず老若男女が写真を撮っている。目の前のソファに座っていたら、シャッターを押してくれと2組に頼まれた。この人たちの旅のアルバムの片隅に、ゴッホと並んで満面の笑みでVサインするこの1枚が収まるかと思うと、ゴッホが当時夢にも思わなかったであろう不思議な世界の繋がりに思いは遠く馳せるのであった。

ニューヨーク旅行 -飛行機-

夏休みもなく働くJが、どこにでも一人で遊びに行ってきてよいというので、ニューヨークへ行くことにした。アメリカに住んでいるうちに、行けるところにいろいろいってみたい。ニューヨークは3年前の真冬にJと一緒に行ったことがあるので、2回目だ。アメリカ国内を一人で旅行するのなら、都会のほうがよいように思える。サンディエゴも含むが田舎だと、公共の交通機関が発達していないので車がないと不便だし、何しろ私は自慢じゃないが方向音痴のうえ地図が読めないので、慣れない土地で運転など絶対にしたくないのだ。その点、ニューヨークなら車がなくても電車で十分回ることができる。
サンディエゴからニューヨークまでは、コンチネンタル航空でヒューストン乗換えになる。ところが、待てど暮らせど飛行機はヒューストンに着陸しない。悪天候のため着陸できなくなったとアナウンスがある。見ると窓の外では、確かにほど遠くない空で、雷が光っていた。飛行機はちゃんと雨雲を避けてぐるぐる周回しているため、ヒューストンの都会だけに暗雲がたちこめ、目線と同じくらいの高さから地上に稲妻が光るのが、安全な場所で眺められるのが不思議な感じだ。
結局空港に着いたのは、2時間遅れで、乗り換え予定だったニューヨーク行きの飛行機はまんまと飛び立ってしまったあとなのだった。どうやら、出発便の飛行機だけは時間通りに運行されていた様子。航空会社からは、翌日朝一の便の振替えチケットを渡されたが、天候遅延の理由ではホテル代は出せないとのこと。きー。おまけに預けている荷物は機内留め置きで、ほとんど手ぶら状態でどこかに一泊宿を見つけなくてはならなくなった。
こういうとき空港内は大混乱しているかと思いきや、あきらめのよいアメリカの乗客たちは不満げな様子ながらも、振替えチケットを手に三々五々解散してゆく。しかしあきらめの悪い私は、再度別の窓口で文句を言い、ホテル代の割引券とトラベルキットを手に入れたのだった。何せ、少し前のイギリスでのテロリスト逮捕の影響で、今は機内持ち込みの荷物が厳しく制限されている。化粧品・洗顔など女性にとって必要なものはあらかた持ち込めないのだ。そういうものは全部預け入れ荷物に入れなくてはならない。
急遽電話で予約したモーテルに夜半にたどり着き、先ほどせしめたトラベルキットのポーチを開けてみると、なぜか髭剃りクリームが3個も入っていたが、あとはシャンプー・石鹸・リステリン・デオドラントクリームなど。ローション一つ入ってないじゃないの。きー。気がきかないったらありゃしない。へんな石鹸だけで洗顔し、結局翌日昼過ぎまで、化粧水一つ付けなかった。しかし、あら。思いのほか何も付けなくても、肌ってつっぱったりしないのね。これは新たな発見。
モーテルで深夜働く受付のおばさんは、退屈していたのかたいへんなおしゃべりだった。芽キャベツの大好きなシャム猫を溺愛しているのだと。お互い飼い猫の写真を見せ合い(←旅行のときはいつも持ち歩いている)、どんなところにでも猫バカはいるものだと、楽しい気分になれたのだった。

教訓 : 最終便の飛行機で乗り換えするのはたいへん危険なので、今後は避けること。

2006年8月22日

ちょっと

1週間ほど旅にでてまいります。どうか探さないで...、って誰も探さないか。
いってきまーす。

2006年8月18日

初めての病院

アメリカに住んで5年目だというのに、病院へ行ったことのない我が家(除く動物病院)。健康診断すらしていないので、健康なのかどうかは分からないが、少なくとも自覚のある病気をしていないということだ。そんな私たちがこのたび初めて保険を使う機会が訪れた。それは歯医者。
そうなのだ。歯医者すらこの4年間一度も行っていない。私はもともと歯医者も健康診断も好きで、日本にいたときは自ら進んで半年に一度の歯科検診と、年に一度の人間ドックを欠かさなかったほど。それなのに、ところ変わればおっくうな性格に変わるものよ。

先週末頃からJが熱をだして寝込んでいた。熱が下がったと思ったら、何かの菌が入ったのか急に奥歯が痛みだしたという。どうやら唯一残っていた親知らず(wisdom tooth)が原因らしい。しかし大の歯医者嫌いなJは、いっこうに認めない。痛いのは歯ではなく、歯茎だと言い張り(同じことじゃないのか?)、顔が腫れているのは歯ではなく、熱のせいだと言う。
しかし歯茎だろうがなんだろうが、痛くなったらどうしようもない。嫌がるJを尻目に、歯医者に予約の電話を勝手に入れる。アメリカの歯医者はなかなか予約を受けてくれないと聞いていたが、緊急だと申し出たところ、なんと親切な近所の歯医者が今すぐ来ても良いと言ってくれた。
診てもらったところ、歯茎が痛かっただけにもかかわらず(←しつこい?)、親知らずを抜くことに決定されてしまったJ。だまされたと私をなじるが、今更あとの祭りなのだった。はっはっはーだ。

アメリカの歯医者に豊富な経験があるマルコさんあづ。さんに聞いたところ、抜歯は全然痛くなかったと口をそろえて同じことをおっしゃる。マルコさんのによると、麻酔の注射すら、痛くないよう薬を塗ってからやるので、全然痛さを感じなかったそうだ。あづ。さんなど、抜歯後顔が腫れあがったにもかかわらず、痛み止めが良く効くから抜いたあとでも痛くなかったそうな。
という貴重な経験談をJに伝え、大丈夫だと励ます私。しかし抜歯が嫌なJは、もう前の日から食事も喉を通らない。そしていよいよ抜歯当日。終わって歩けないようなら連絡をすると言っていたJから、抜歯予定開始時間後間もなく電話があった。
「麻酔の注射、痛かったじゃないか!」
怒りの電話だ。しかもまだ麻酔しかしていないらしい。注射は痛かったかもしれないが、抜くのは大丈夫。痛くないはず。がんばれー。そして1時間後。
「すんげー痛かった。みんなにだまされた」
また怒りの電話がっ。迎えに行ってみると、本当にあまりにも不機嫌そうだったので、かわいそうなのだけど、なんだか笑ってしまった。家に帰ってからも、(思ったほど血もでてないのに)脱脂綿を取り替え、(腫れてなさそうなのに)氷で顔を冷し、(熱もでてないのに)寝込んでいる。アメリカの歯医者は最悪だとさらに怒りはおさまらず、唯一良かったのは、処方された痛み止めが良く効いて痛くないことだそうだ。どうやら全然痛くもないらしい。
なぜかこのまま数日寝込む予定だというJがやっていることは、抜いた親知らずの歯を何度も眺め(きちんとケースに入れてくれる)、よくがんばったと自分を称え、食べていないせいで体重の減った状態を確認するため体重計に乗ること。
オレンジのは、とってもきれいな風邪薬。これもでかい! → 左上のはとってもきれいな風邪薬。

ところで、薬について。
痛くなりそうだから痛み止めをすごく良く効くのにしてくれと、歯医者に頼んだそうなのだが、薬局からもらってきたのをみると、抜歯前にくれた痛み止めと同じ物だった。しかし量が倍増。そして量が倍増されたら、おそろしいことに薬の大きさもそのまま巨大になっている。アメリカの薬ってただでさえ大きいのに、もはや飲み薬としては、信じがたいほどの大きさだ。このまま喉に詰まらせて死んでしまう人がいるのではないかと心配になる。
考えたらアメリカでは、猫の薬もすごく大きいのだった。ボランティア先で、人間でも大きいだろうと思われる巨大なカプセルを、数時間置きに猫に飲ませろと指示があったりすると、毎回目が点になったものだ。
飲みにくくてたいへんだろうが、がんばって早く元気になるんだよ、J。

静かな夜遊び

今日は前から予定していたBonfire(海辺でたき火をやること)だ。先月にも同じイベントがあったのだが、混雑する暗い海辺で仲間と会うことができなかった私たちのため、友人スーザン一家が再度取り仕切って行ってくれたのだった。
何度も確認のメールをくれ、携帯の番号を教えてくれ(前回は携帯の番号を間違ってメモしていたダメな私)、地図まで送ってくれた。おまけに迷わないよう凧をあげて待っているという。いくら方向音痴な私でも、そんなにしなくても大丈夫なんだけどなぁ。
行ってみると、おぉ確かに凧があがっている。しかし、海辺にはあちらこちらに凧がっ!みんな凧を目印にしているのか、それともただ遊んでいるだけなのか。おまけに凧があまりにも高く上がり過ぎているため、いったいどのたき火近辺から上がっているのか判別困難。かえって難しいわ!それにしても、なぜみんなこんなにたき火が好きなのだ。たくさん点在している海辺のたき火スペースは、いつも満員。
高く上がりすぎな凧。 → 高く上がりすぎな凧

みんなで集まり、たき火を囲んで何をするかというと、『たいして何もしない』というのがぴったり。日が暮れて涼しくなった海辺で、たき火を見ながら永遠とおしゃべりをするのだ。食べ物はホットドッグと焼きマシュマロ(どっちも串に刺して焼く)だけ。アルコールもない(私が持っていった数本のビールが唯一のアルコール)。うーん、なんて健全な集いだ。
しかし何より、私がアメリカの海辺で一番いいと思うことは、静かなことだ。誰もラジカセで無粋な音楽を流したりしない。花火(サンディエゴでは禁止されているそうだ)の音もない。海岸ではいくつものグループがたき火をやっているにもかかわらず、聞こえるのはただ、火がぱちぱちと勢いよく燃える音とさざなみの音だけ。気楽で手軽で、こういう夜の遊びは本当にいいものだ。
勢い良すぎて何を焼いているのかは見えない。→勢い良すぎ

2006年8月12日

北極星の見つけ方

先週まで、夜空を見上げてもどんな星も全然見分けられなかった星音痴の私だが、今はカシオペア座などというむずかしげな星を見つけることもできる。カシオペア座が分かれば、北極星も分かる。北斗七星のひしゃくも見つけられる。ひいては、方角までが分かるのだ。こんなことは太古の昔から世間の常識なのかもしれない。しかし私はついこの間までは、何一つ知らなかったのだ。
ペルセウス座流星群が一年で一番よく見える日。それがこの土曜日(12日)だった。流れ星といえば、数年前しし座流星群が話題になっていたとき、一度だけ見たことがあるだけだ。今回は、『とことん真っ暗闇の中で寝そべって心ゆくまで流れ星を愛でる会』を開催し、星に詳しい友人Hくんとマルコさん、そして私の3人で、サンディエゴから遥か東の山の中へ分け入って星を観測することにした。
だいたい車で10分も走れば、もう充分だと思われるくらい真っ暗になるのだが、星を愛でる会はそんなことでは満足しない。飽きるほど東へ向かい、ハイウェイを降りてからも、ハイウェイの明かりが徹底的に見えなくなるまで30分も南へ向かう。周りは本当に真っ暗闇だ。人っ子一人いない。あまりに暗すぎて怖いので、車からは離れないようにする。いくら田舎とはいえ、アメリカで真っ暗の中道路に寝そべるのはかなり勇気がいる。遠くに聞こえる車の音も怖いし、草がざわざわと風で揺れる音ですら、誰か隠れているのではないかと恐怖を誘うのだった。
しかし思い切って、寝そべって空を見上げると、それはそれは美しい一面の星空。草むらで隠れる地面近くを除いて、180度見渡す限り、上から下まで全て星・星・星。普段見えないような小さい星もたくさん見え過ぎてしまうので、星座など見つけることができないのではないかと心配になる。
そもそも星座の、線で結べば、みずがめの形になるとか、こぐまの形になるだとか、かなりこじつけで、そんな形になど見えるはずがないと思っていた。ところが、そう言われて見つづければ、本当にそんな形に見えてくるから不思議だ。「あのWの形がカシオペア座だ」とマルコさんに教えてもらったあとは、ちゃんと夜空に『W』だけが浮き上がって見える。天の川は、本当に巨大な白い川のように大きく空一面にうねっている。そうか、星座ってこういうものだったのね。こういうの全部分かるようになったら、さぞかし楽しいだろう。しかし星座初心者はいきなり無理せず、今日はWだけを眺めることにする。その近くにある、ペルセウス座というところが放射点(流星が放射状に飛び出してくるように見えるところ)なのだ。
待つほどなく、一つ二つ流れ星が見える。上へ下へ流れる。あまりに長く、すうぅぅぅぅっと線を描いて流れるときは、願いごとを10回は繰り返し言えたに違いないとあとから思うが、美しさにうっとりしてそんなことはすっかり忘れて見入ってしまうのだった。きれいだ。しかし夜がふけるにつれ、次第に月が上がりはじめ、それにともない星の見える数もぐんぐん減ってしまうのだった。残念だ。
帰り仕度をする私たちに、近づいてきた一台の車。それはまさしく巡回中のパトカーであったが、星を眺めに来ただけの私たちに、何らやましいことは無い。何をしているのか?という警官の尋問にも、「今夜はたくさんの美しい流れ星を見ることができた」ときらきらと純粋な瞳を輝かせて(←たぶん)、どうどうと答える。よくよく考えれば、暗闇の中で道路にビーチマットを敷いて寝そべっている東洋人3人組というのも、かなり異様な光景ではあるのだが、私たちの純粋さにほだされた警官は(←たぶん)、気をつけて早く帰れと優しい言葉をかけてただ去って行っただけなのだった。
4時間半のドライブで、走行距離は往復213マイル(約350キロ)。今年の星を愛でる会はこれでおしまいだ。あぁ楽しかった。
今宵ばかりはにっくき月。 → 今宵ばかりはにっくき月

2006年8月 7日

青空の旭日旗

日本の海上自衛隊の艦艇がサンディエゴに今きていることを、サンディエゴ在住者でご存知の方はいったいどれくらいいるのだろうか。ダウンタウンのピアで3日間一般公開されており、艦内の見学ができるのだ。
海上自衛隊遠洋練習航海部隊という幹部候補生学校の卒業生190名を含む約750名の自衛官が、訓練と国際親善を兼ねて世界6カ国を5ヶ月に渡り航海しているのだ。その途中で寄港したのがサンディエゴ。もうサンディエゴに住んで5年目だというのに、こんなイベントがあることを私は今回初めて知った。
惜しむらくは、せっかくの一般公開なのだから、週末にやればいいのにということ。そしてもっと広く事前に広報すればいいのに。検索した限りでは、日本総領事館のサイトでしか情報が見つからなかった。私は友人Hくん情報により、今回見学があることを知って行ってみたのだった。しかし見学者が思ったより少ないのが寂しい感じ。
サンディエゴに翻る日の丸。 → サンディエゴに翻る日の丸

アメリカ人は国旗が好きだ。街のそこら中、公共の建物だけでなく、一般のビルや学校でも、星条旗やカリフォルニアの州旗をたくさん見かける。そんな中、サンディエゴの港に日の丸と海軍旗が翻るのを目にするのはとても新鮮だ。休憩中と思われる、制服姿の自衛官の方々がダウンタウンを歩いているのも、なんだかものめずらしい光景だ。サンディエゴはアメリカ最大の軍港都市とはいえ、普段からアメリカの軍人さんと身近に接しているわけではないので比べようがないのだが、日本の自衛官の方々の第一印象はこんな感じ。
「みんなすごく背が低い」
なぜだ。いつも巨大なアメリカ人ばかりを見慣れているからなのか。すごく小さく見える。卒業生といえば20歳は過ぎているのではないのだろうか。大人のはずなのに。そして次に、「みんなすごく痩せている」ということにびっくりした。あれ、日本人ってこんなにみんな痩せていたのか?いかんなぁ。自分がアメリカに来て以来、最大体重記録更新中とはいえ、こんなことに感心するようになってしまったなんて情けない。
艦内見学コース。 → <br />
艦内見学コース

艦艇は練習艦「かしま」、「やまぎり」、護衛艦「あまぎり」の3艦。
見学コースがきちんと決められている。艦内くまなく自衛官の方々がいて、みなさんきちんと、はきはきと挨拶をしてくれる。なんて礼儀正しいのだ。階段やはしけにお気をつけくださいと、注意してくれる。私のような浮かれた観光客がもし今誤って海に転落したら、きっと全員で助けてくれるだろうと思うと、つい飛び込みたくなる衝動にかられてしまう。そしてみんなとってもまじめそうだ。きっと本当にまじめな方たちなのだろう。トイレのマークがあったので試しに使わせてもらったら、個室の中まで案内してくれ、水の流し方まで教えてくれた。うーん、きっちりしていること。
どこもかしこも金属という金属が、全て鏡の如くぴっかぴかに磨き上げられているのに気づき、いたく感心する。見るとみなさんの黒い革靴もおそろしく光っている。靴ってこんなにもきれいになるのか。
質問にも何でも答えてくれる。
アメリカ人のおじさんに、どこから来たと英語で聞かれていたある自衛官の方は、「Japan」と応え、そんなことは分かっていると切り返されていた。英語でみんながんばってるねぇ。5ヶ月も海にいて日本が恋しいでしょう、と私が聞くと、「自分は阪神タイガースのファンなので試合が見られないのが残念です」と言っていた。新聞もテレビもないのだという。まるで子供のような若さできらきら目を光らせながら話してくれるので、思わず「今年の阪神は絶好調で、もうすぐ優勝するだろう」と嘘をつきたくなってしまうほどだった(←ほんとは全然順位など知らない)。なんだかいじらしくて、日本のお菓子でも持っていたら、あげたくなってしまう感じ。いや、持っていてもきっとJに止められたに違いない。

まもなく日本へ向けて帰港なのだそうだ。どうかみなさまご無事で。がんばってくださいませ。
青空に旭日旗。 → 青空に旭日旗

2006年7月29日

脱ぎたがる人々

今日はサンディエゴのゲイパレード(The 32nd San Diego LGBT Pride Celebration)。ちなみにLGBTとは ( Lesbian, Gay, Bisexual,Transgender)のこと。ゲイの方々、その家族、サポートする企業、応援する政治団体・宗教団体などが、パレードをおこなう。
政治家はゲイに理解があるという態度をアピールし、シールやステッカーを配りまくる。選挙活動そのものだ。こういう場では、もちろん民主党(Democratic Party)支持が圧倒的なので、保守の共和党(Republican Party)はパレードでは完全に嫌われものだ。反ブッシュ大統領はもちろんのこと、ここカリフォルニアでは、共和党のアーノルド・シュワルツネッガー知事のアンチキャンペーンもとても多い。すぐに政治に結びついてしまうところがいかがなものかと思うが、しかし『Terminate Arnold』『Bad Actor = Bad Governor』など、にやりと笑わせてくれるポスターが多いところが、アメリカらしくユーモアがあってよろしいではないか。
反共和党の方々。 → 反共和党の方々。

沿道の観客もパレード参加者も、互いにHappy Pride!と声を掛け合いながら陽気に行進する。みんなとても楽しそうだ。このパレードはかなり長い距離があるが、私たちが見ていたのはバルボアパークの一角で、ここは例年一番盛り上がる場所だという。去年も見に来たという友人Hくんの手引きで、パレード開始数10分前から場所を確保。他はがらすきなのに、確かにこの周辺だけが異常な盛り上がりをみせている。こういうのは知り合いの手引きでくるのが一番いいものだ。ありがとうHくん。確かにいい場所だったよ。
ハーレーに乗るレズビアンの方々。 → ハーレーに乗るレズビアンの方々。

まず最初に登場したのが、レズビアンのバイカーたち。男性かと見まがうようなたくましい立派な体形で、そろってハーレーにまたがり爆音を響き渡らせる。みなさんおそろしくかっこいい。続いて男性ゲイのバイカーたち。こちらはそろいもそろって、日本のバイクに乗っている。この違いは何なのだ。
美しい裸体のお兄さま方。 → 美しい裸体のお兄さま方。

そしてゲイの男の人たちって、なぜこうかっこいい人が多いのでしょうねぇ。もったいないったらない。これだけ裸体が美しければ、そりゃあ人に見せたくもなるでしょうよ。みなさん惜しげもなくじゃんじゃん脱いで、美しい体を見せてくれる。ついつい、裸の人たちがでてくると、バシバシと写真を撮っていたので、あとで見てみると、私のカメラの中はそんな裸体写真ばかりなのだった。あー目の保養じゃ。
衣装が衝撃的だったので顔は見忘れた。 → 衣装が衝撃的だったので顔は見忘れた。

2006年7月28日

健全な夜遊び

いやもう暑いのなんのって。風通しがよくて、涼しいのだけがとりえの我が家でも、座っているだけで汗がじんわりでてくる。サンディエゴでこんなに暑いと感じるのは今年が初めてだ。昨日の気温は32℃。日本の夏だったらこんな気温当たり前だが、何せ普段涼しいものだから、このへんのアパートはどこもエアコンなんぞついてやしないのだ。もちろん扇風機もない。床はどの部屋も全てじゅうたん。あー暑苦しい。猫たちは涼を求めて、各々クローゼットの棚の上(プラスチック製)、ベランダの床の上(コンクリート)などでぐったりと寝そべっている。暑いよねぇ、毛むくじゃらなんだもんね君たちは。

夜になっても暑いので、夕飯後に海に散歩に行くことにした。
と簡単にいうけれど、行くまでに時間がかかる。なぜならJが、大の散歩嫌い、大の海嫌いなので、誘うのが一苦労(←本人曰く、好きでも嫌いでもないそうだ。しかし誘っても毎回必ず断られる)。最近どんなに海に行ってないか、最後に散歩をしたのがいつだったか、ほんの少しの時間でいいから、帰りにアイス買いに行くから(←子供か)と、あれやこれやで説き伏せてようやく散歩に行く。
時刻は夜8時前、ちょうど日の入りの時間だ。静かな涼しい海岸をゆっくり散歩して、と思いきや...。
超混雑。 → 超混雑。

ものすごい人ごみ。普段ガラ空きの駐車場は停める場所もないし、砂浜はいたるところに人・人・人。こんな夜だというのに、そこら中でたくさんの人が海につかっている。なんてことだ。みんな家にいると暑いのか。試しに海水に触れてみると、信じがたいくらいぬるい。まるでお湯だ。この熱波によって、カリフォルニアで死者が100人を超えたとニュースでもやっていた。ひー。いったいどうなっているんだ。
場所取り中の薪。 → 場所取り中の薪。

海岸で涼んでいる人たちが他にやることといったら、たき火。こんなたき火スペースが、海岸のあちこちにもうけられていて、ここなら火を燃やしてよいのだ。この暑いのに、たき火をしたい人たちが世の中にはたくさんいるようで、たき火スペースは全て埋め尽くされていた。私たちも、先週スーザン一家にたき火パーティー(Bonfire)に誘われていたのだが、あまりの人ごみでとうとう彼らを見つけることができずに帰ってきたのだった。暑いから海でたき火。なんだか不思議な感じがするが、とっても健全な夜の遊びだ。
女子太鼓楽坊。 → 女子太鼓楽坊

その他、海岸には変わった人たちもいる。この女性太鼓5人組は、各自さまざまな形の太鼓を果てしもなく永遠に叩きつづけていた。ただやみくもに叩いているだけのように見えたのだが、リーダーらしき人が突如指揮をとり、ドンドコドーン!と一斉に叩き終え、次の曲(?)にうつったりしていたので、どうやら何かを演奏しているようなのだった。昔はヒッピーでもやっていたのではないかと想像させる年配のこの女性たち。この一角だけ不思議な宗教っぽさを発揮させていたのだった。
あーそれにしても暑い。

2006年7月21日

ベランダでしていること

うちのアパートは築30数年にもなるが、たいへん手入れが行き届いている。毎日メキシコ人のおじさんたちが、掃除をし、植え込みの手入れをし、プールのごみを取り、そこら中でまめまめしく働いている。ベランダや階段の柵を作り変えたり、定期的にペンキを塗りなおしたり。
先月のことだが、アパートの建物全体のペンキを塗り替えることに決まったと手紙が届いた。ついてはベランダにある荷物を、作業期間中は撤去するようにとのこと。ひー。そんなこと突然言われても。何がたいへんってあなた、うちはベランダにたくさん荷物があるのだ。テーブルやら椅子やら棚やらプランターやら、そして自転車やら。撤去といわれても、それらはとりあえず部屋へ入れるしかない。あとは一日でペンキ塗りが終わってくれるよう祈るばかりだ。
ところが予定通り始まって、何もかもビニールで覆われたと思いきや、突然ペンキ塗り作業は途中で中断してしまった。見るとおじさんたちは、遠く離れた建物でなにやら別の作業をしている。どうやら途中で作業の優先順位が変更になってしまったようなのだった。なんと中途半端な。
待つこと10日余。ようやくうちの建物の作業が再開されたと思ったら、ほんとにあっという間に終わった。それなら先に終わらせてくれたらよかったのに。その間、雑多な荷物であふれかえった薄暗い部屋でじっと我慢していた私たち(なぜ薄暗かったかというと、いつ人がベランダに入ってきてもいいようブラインドを締め切りにしていたため)。しかし実はこっそりテーブルだけベランダに戻しておいた。というのも理由がある。
(塗り替え前)柵とおそろいの青いテーブル。 → 柵とおそろいの青いテーブル

このベランダ用青いテーブルはJの手作りで、ペンキは随分前に私が塗った。青く塗ったのは、わざわざベランダの柵と同じ色にコーディネートしたくて選んだのだった。なのに今回のペンキ塗り替えで、もう青い色は使わなくなってしまった。新しい色はぱっとしない茶色。なので、この青いテーブルだけベランダの柵の近くに出しておいたら、もしかして一緒に新しい色に塗り替えてくれないかなーなどと、密かに期待していたのだった。
しかしペンキ塗りが終わってみると、やっぱりテーブルは青いままだ。ちっ(当たり前か)。おまけにところどころ、新しい色のペンキがついてしまい、ますますさえないテーブルになってしまった。
ところが先日気づいたのだが、このテーブル、以前から台の部分が一部外れて壊れていたのが、そこがいつの間にやら直っている!メキシコ人たち、ペンキは塗ってくれなかったけど直してくれたのね。いつベランダで修理なんてしてくれていたのだろう。親切な人たちだ。素直にお願いしたら、もしかしてテーブルも塗りなおしてくれたかもしれなかったな(←未練がましい)。
(塗り替え後)ソフィーとおそろいになったかも。 → ソフィーとおそろい

晴天の暑い夏の日が続くサンディエゴ。暑いせいか、一日何度も何度もベランダにでたがるソフィー。その都度、網戸を開けろと催促をする。虫が入るから、網戸を開けっ放しにはしたくないのだ。前にも書いたが、ソフィーは部屋に戻ってくるときだけは自分で開けられる。毎日大声で絶叫して網戸を人間に開けさせ、ベランダにでたソフィーが何をしているかというと...。
こっちを見てるだけ。 → こっちを見てるだけ

部屋の中を監視。
おい!それだけかっ。そして開けたらきちんと閉めてくださいねっ。

2006年7月18日

本のおすすめ

最近読んだのはこんな本。
Dave Barry Does Japan『Dave Barry Does Japan』

これは日本語が表紙に書いてあるが、中身は英語。日本に長く住んでいた経験のあるアメリカ人のマーサが、この本は絶対に面白いと教えてくれたので読んでみた。
日本語訳の本もでているようで『デイヴ・バリーが日本を笑う』というヘンなタイトルに変わってる。原作の表紙通り『デイブ・バリーが”日本をする”』でいいのに。この本はジョーク満載だが、決して日本をバカにして笑っている本ではないのだ。日本をみる視点もいいところをついているし、いい観光をしている。
アメリカ人のユーモア作家、デイブ・バリーが、家族3人で3週間の日本取材観光旅行をした際のエッセイで、観光したところは、東京・京都・広島・別府・箱根・富士山バスツアー・相撲観戦・高校野球観戦・プロ野球観戦・原宿路上ライブ見学・ハトバスツアー・健康ランド・歌舞伎・落語などなど。いろいろ回っている。
ジョークだらけなので、話がすぐに脱線してしまうのがたまに傷だが、面白いところに目をつける人なのだ。例えば、商品の過剰包装なところとか、数種類ある旅館のスリッパとか、新幹線のトイレとか(←知らなかったけれど、新幹線の男性用小トイレは、通路から、している最中の後姿が見えるそうだ。ほんとか?)、ガソリンスタンドの店員のこととか。日本人でもなんとなくヘンだと思っているようなことだ。
しかし、特におすすめなのが、HIROSHIMA(広島)の章とConclusion(まとめ)の章で、つくづく納得する。広島について、非常に公平に書いていると思うし、言いにくいことをよくまとめている。『二度と起こらないで欲しい』とお経のように同じ事を唱えつづけるのではなく、なぜ怒らないのか。なぜ意見を言わないのか。なぜ知らぬふりをするのかと。とっても正しいではないか。
そう。アメリカ人ははっきり意見をいう。

そういえば折りしも、数日前にプールで会ったジャネットというおしゃべりおばさんと話していた際に、ジャネットはふとこんなことを言っていた。「戦争中アメリカは、アメリカ市民であった日系人を収容所に入れて、彼らの資産を没収したことを知っているか、あれはとても恥ずべきことであった」と。こういう話題、日本人同士ではあまりしたことがない。例え英語でなくとも、日本語でも、こういう微妙な話題を、日本では大きい声で言ってはいけないような雰囲気があるからなぁ。自分の意見を持つのは本当に大事だ。そして言うことも。見習わなくてはね。

『日本人はいつも我々に礼儀正しく接してくれるが、温かく接してくれることはめったにない』とか、『日本はテクノロジーで先を行ってるかもしれないが、ジェームス・ブラウンを生み出すにはまだ長い道程がある』とか。言われれば、いちいち納得してしまうことばかりなのだ。この人の良いのは、アメリカ人にとってヘンだと思うところは大いに面白おかしく書き、アメリカのダメなところ(サービスの悪いところとか)もちゃんと書いていること。
とにかくね、彼が特にヘンだと思ったのは、日本のピザにはコーンがのっているということだそうですよ。
外人が読むよりも、日本人が読んだらもっと笑えると思う。おすすめの本です。

2006年5月26日

優しい人たち

二日前から怪しいとは思っていたうちの車。とうとう...、とうとう...。しくしく。
学校へ行く途中のこと、赤信号で停まった瞬間に、しゅるるるるるるぅ、と悲しい音とともにエンジンが停まってしまった。場所はまさに交差点のまん中。あぁぁぁ。目の前が一瞬暗くなるが、なんとか心を落ち着けてもう一度エンジンをかけてみると、なんとかかるではないか。学校はもう目と鼻の先。このまま行くしかない。どうかこれ以上信号がありませんようにと祈りつつ、無事にたどり着いた。
しかし同じようなことが二日前にも起こっていたのだった。『Check Engine』の警告ランプもしばらく前から点いたり消えたりしていたし。
でもだからといって、もう学校まで来てしまった以上、何とか自力で帰るしかない。不安なまま授業を終えた帰り道。な、な、なんとまたもや停まってしまった。今度は走っている最中、アクセルを踏んでいるというのに。昼間の大通り、エンジンが突然停まったまま、パワステも切れたためハンドルも利かない。惰性で路肩までたどり着くが、もうこれ以上は無理だ。このままハイウェイに乗って帰る勇気は、さすがの私にもない。ラッキーなことに、以前ブレーキの異常音を修理してくれた親切な修理屋がすぐ近くにある。そこまで。そこまで何とか行かなくては。静かな車内で、一人心臓をばくばくさせている私。後続車が来ない瞬間を狙って、再度エンジンをかけ、そのまま一気に修理屋まで飛び込んだ。やった。これでもう大丈夫。
前回と同じジャスティンという親切なアメリカ人の修理工さんがいた。彼に助けを求めて、車の状態を片言英語で説明する。優しいジャスティンは、しっかり聞き取ってくれるが、今日は3連休前の金曜日。来週の火曜日以降になるかもという。車もう一台持っているかと聞かれ、うなだれる私。よっぽど哀れに思ってくれたらしく、なんとか交渉して2時間後にうちの車をみてくれることになった。修理はそれから始まるが、直るかどうかは不明。おまけに、仕事帰りでよかったら僕が家まで送ってあげるよとまで申し出てくれた。うぅぅ、いい人だ。
とりあえず、連絡がくるまで待たなくてはいけない。どうしよう。Jに電話で訴えると、バス停まで歩いて(たぶん1時間くらいかかる)、そこからバスで帰ってくればよいという(たぶんプラス1時間くらいかかる)。そりゃぁそうだけどさぁ。とりあえずトボトボと、修理屋から徒歩5分のところにある、日系スーパーまで歩く。実は真っ先に電話しようと頭に浮かんだ友人が一人いたのだが、自分でなんとかなるかもしれないのに頼るのもどうかと思って、止めたのだ。しかしこの日系スーパーは、彼女の行きつけのスーパーであることを私は知っている。そこには座れる場所もあるし、ファーストフードの店もある。幸いにも持っていた新しい本を読みながら、かつ駐車場にも目を向けつつ、待つこと2時間。
なんとそのとき、見覚えのある鮮やかな美しい黄色い車体が駐車場に滑り込んできたのだった。
「マルコさ~~~~~~ん(涙)」
サンディエゴで犬猫と暮らす』でおなじみの、マルコさんが偶然にも現れたのだった。そう私が真っ先に思い浮かべたその人が、今目の前にいる。こんなにも、会えてうれしかった友達がいまだかつていただろうか(失礼)。待ちくたびれた私を、優しく家に連れ帰ってくれ、お茶とお菓子と犬猫スキンシップで慰めてくれたマルコさん。優しい。
その後車はとんとん拍子に事が進み、営業時間ぎりぎりに無事修理が終わった。どこが悪いか、電話でジャスティンに説明してもらったときには、「Oxygen(酸素)、oxygen」としか聞き取れなかったが、のちにJに日本語で説明してもらっても、理解の程度はたいして深まらなかったのだった。どうやらどこぞに酸素がうまく通っていなかったのだそうだ(←全然分かってない)。
ちょうど一ヶ月前に、Smog checkという排ガスの検査を別の店でしてもらったばかりなのに、なんでそのとき分からなかったものか。いったいあのときは何の検査をして、OKだったのだろうか。まぁ、とにかく無事に車も戻ってきた。終わりよければ全てよし。本日の出費、328ドル。痛っ。
怪しい排ガス検査。 → 怪しい排ガス検査。

マルコさんとトム、本当にお世話になりました。どうもありがとうございました。

2006年5月20日

基地に潜入

サンディエゴといったら真っ先に思いつくのが、軍隊の街ということ。映画『トップガン』の舞台にもなったミラマーの海兵隊基地では、毎年空軍のエアショーが行われているし、ダウンタウンの海岸にはたくさんの軍艦が鎮座し、自然な風景の一部になっている。少し北へ向かえば、ニュースでよく耳にするキャンプペンドルトンの基地もあり、制服姿の軍人さんの姿を街中見かけることもめずらしくはない。しかし、今まで縁がなかったため、一般開放のイベント以外で、基地(ベース)内に足を踏み入れることはなかった。
今日は最近お友達になったEさんとその旦那さまの案内で、ベースを見学することができたのだ。うれしー。E夫は海軍の軍人さんなので、Eさんはいわゆるミリ妻というやつだ。アメリカ人のE夫は、しかしながら、アメリカ人に対して持っていた私のイメージを全て覆すような、とってもとってもシャイな人(おまけにとてもソフトでハンサム)。無口なアメリカ人もいるんだなぁ。あーびっくりした(と驚くくらいアメリカ人はおしゃべりな人が多い)。友達になった夫婦に会うたびに、毎回いつも感心するのだが、なんでこうお似合いな人たちがカップルになるのだろうなぁ。このご夫婦も美男美女で本当によくお似合いだ。

ベースの中へ入るときは、緊張する。E夫と一緒なので、別に何も問題はないし、質問もされたりはしないのだが、検問を通るときはどうしても無口になってしまう。もしも今ここでダッシュで基地に駆け込んだら(なぜ駆け込む必要がある?)、背中から撃たれるに違いないとヒシヒシと感じる。
写真をいろいろ撮りたかったのだけど、やっぱりそういうことはまずいだろうと自粛。なぜなら、以前ミラマーのエアショーのときに、海兵隊のベースの入り口で写真をぱちりと一枚撮ったら、たいへんな勢いで叱られたことがあるからだ。あのとき大勢の一般人が検問を通っていたのに、写真はやっぱりダメだったのだ。ゲートを撮ったその写真を削除するまで厳しく見張られてしまった。あのとき持っていたカメラがデジカメじゃなかったら、どうなったのだろう。ネガ没収か?キビシー。ちなみに、そのときは検問所以外は、どの場所を写真に撮っても叱られなかった。
さみしい魚売り場。 → さみしい魚売り場。

今回もせっかくカメラを持っていったのに、一枚も撮らないのもどうかと思って、こんな問題のなさそうなところを撮ってみた。これはベースの中にあるスーパー。一般のスーパーと売っているものはそう変わらないが、値段はとても安い。そして、売り場が飾りっけがなくあっさりしているのも特徴的だ。面白かったのが生鮮食料品売り場で、巨大な部屋の端から端までほとんど全てが牛肉で占められている。牛肉、ギュウニク、ぎゅうにく。その他の肉はほんの少し隅に置いてあり、さらに一番端っこに、申し訳程度にさみしいシーフード売り場があった。みなさま、牛肉が一番お好きのようですね。
その他いろいろと興味深いところもあったのだが、いかんせん写真がないので紹介できなくて残念。自分たち用のお土産には、Tシャツや帽子を購入した。ベースの中は税金がかからないのがいいですね。あー楽しかった。また連れて行ってもらおう。
どれがあたしのお土産? → どれがあたしのお土産?

2006年5月 6日

考えさせられること

コンピューターのクラスで課外授業(施設の見学)がある予定だった日の前日のこと。その予定は前の日になって急にキャンセルになった。そのことを、先生のジョーは授業中に生徒たちに伝えた。
「明日の予定はキャンセルになったから。授業は普通通り教室で行います」
それはそれは、さらりと伝えたのだった。~ has been cancelled. ジョーはぼそぼそと抑揚のない声で話す人だ。英語の不自由な私は非常に心配になったので、両隣のオタクたちに確認した。
「明日課外授業なしになったって、今言ったよね?ね?ね?ね?普通に授業やるんだよね?ね?ね?ね?」
2人に確認して安心した私は、翌日普通に教室に行った。そして教室では、何事もなかったようにいつも通り授業は行われた。生徒も全員出席している。ただ一人を除いては。
この40名程度の生徒のうち、日本人は私ともう一人しかいない。その彼、Hくんがいないのだった。Hくんは今まで一度も欠席したことがない。激しく嫌な予感のした私は、休み時間になるとすぐさま彼の携帯に電話したが、繋がらない。もしかしたら体調でも悪くなったのかも、と無理やり納得させ、その日の授業を普通に終えたのだった。
次の日。Hくんに確認してみたところ、あぁぁ彼はやはり勘違いして、課外授業の予定だった待ち合わせ場所に一人で行き、寂しく1時間も他の生徒たちが来るのを待っていたのだった。しかもその場所は非常に分かりづらい場所にあり、おまけに出入り口にはゲートがあり、施設内でもらえるチケットがないと、出ることもできないのだった。そんなところで一人待ちぼうけにあってしまったHくん。うぅぅ、かわいそうに。気持ちよく分かるよ。こういうミスコミュニケーションっていつ自分に降りかかってもおかしくないものなぁ。もし自分だったらさっそくブログのネタにするだろう(あ、人のでもネタにしてるか)。

という前日の悲しい出来事を教室で話していた私たち。そこに現れたのは、いつものアメリカ人のマーサと、ペルー人のギヤモ。マーサはいつもジョークばかり言って笑っているような人なのだが、このときに限っては非常にマジメな表情で優しく、それはかわいそうだったねぇと同情をよせた。そして続いてギヤモの言った言葉は、あまりに意外だったので、私は何のことやらさっぱり分からなかった。
「課外授業が中止になるとは、ジョーは話さなかったから、Hが分からなかったのは当然だ」
え?何ですと?
何かの聞き間違いかと思ったので、もう一度聞き返すが、同じ事をいう。何を言っているのだろうこの人。だって、ジョーが話したからあんただって、キャンセルだと知って昨日ちゃんとクラスに来てたじゃないのと、いろいろ頭に疑問がうずまく。
そこへふと通りかかった中国人(名前は知らない)男性一人。『間違えて待ち合わせ場所に行ってしまった』という言葉を耳に挟むやいなや、なんと文字通り、その場で腹を抱えて笑いだしたのだった。す、すごい。なんてストレートな反応だ。
すると温厚なギヤモは突然たいへん怒り、「Hを笑うのじゃない!」と中国人を叱り付けたのだった。そこにきて、ようやく先ほどのギヤモの言った言葉を私は理解したのだった。そうか。彼はあんなにバレバレな嘘をついてまでも、Hくんをかばって慰めていたのだったのか。優しいではないのペルー人。あまりの意外な優しさに、私は何のことやら全然理解できなかったよ。そして私はこういう状況で、少し笑い話にしながらも、同情を寄せるという、いかにも日本人らしい中途半端な対応をしていたのだった。
こういうことを言うと、〇〇人はこういう性格だ、などと決め付けているような感じにとられそうだが、そういうわけではない。いろんな性格の人がいろんな国にいるものだ。たまたま今回アメリカ人、ペルー人、中国人、日本人の反応がそれぞれ違っていたので、なんだか面白いなぁと思っただけの話である(でも確かに、なんて中国人らしい率直な反応だろうと、妙に納得してしまったのは事実である)。そして、誰のとった反応が、一番本人にとってなぐさめになったかも、一概にはいえない。

そんな私は、今日アメリカ人から、おまえは日本人らしくないと言われた。その理由は、いつも遅刻してくるからだと。日本人だって遅刻する人はいるっちゅうに。固定観念にとらわれるのはよくないですねぇ。

2006年5月 2日

いろいろ筋肉痛

今、体のいろいろなところが筋肉痛になっている。まずはふくらはぎ。そして二の腕。そして右手の手のひら。
原因はおそらく、週末プールで泳いだり、ボウリングをしたり、エアホッケーをやったり、ビリヤードをやったりしたせいだろう。どれも久しぶり。不健康なのか健康なのかよく分からない感じだな。
サンディエゴはもう随分暖かくなった。今年初めて泳ぐプールは、屋外なので温水に温められてはいるものの、日差しはもうまるで初夏のような暖かさだ。30分がんがん泳いでストレッチもしなかったので、確実に筋肉痛になる予感がしていたのだった。
健全なビリヤード場。 → 健全なビリヤード場。

昔はよくやったものだが、アメリカでビリヤードをやるのは初めてだ。アメリカのビリヤードといったら、怪しげなバーの片隅にあったりするので、気の弱い私などは気軽に入っていけない雰囲気なのだ。しかし今回、ボウリング場の片隅にあったビリヤード台は、やはりバーの隣に設置されてはいたものの、周りも家族連れが多く安全な雰囲気。1ゲーム75セント。コインを3枚入れて、勝手にゲーム開始できるところが気軽で良い。ボウリングの待ち時間に(日曜の夜のボウリング場はたいへん混んでいたのだ)、一勝負。
ボウリング柄の靴下を買った。 → ボウリング柄の靴下を買った。

手のひらが筋肉痛なのは、しかしながら遊んだり運動をしたせいではないことを私は知っている。中華料理のせいなのである。中華料理をもりもり食べたると、いつも手が痛くなるのだ。週末マルコさんに連れて行ってもらった、中華料理屋(重慶巴人川菜)は久しぶりに中華の当たりの店だった。とても辛く濃く、私好みでおいしかったので、ばくばく食べてしまった。しかし、私はあの中華料理の象牙の箸がとても苦手なのだ。力をいれて持ちすぎるのか、いつも食べている途中で、親指と人差し指の間の付け根のあたりが疲れてくる。何もあんなに長く太い箸である必要もないのになぁ。どなたか同じように手のひらが筋肉痛になる方はいらっしゃらないでしょうかね。

2006年4月25日

Linux Summit

サンディエゴのダウンタウンで開催されていた、第4回Desktop Linux Summitに参加した。一般だとは確か100ドル以上参加費用がかかるが、私は(いちおう)学生のため、ラッキーなことに学校で費用は出してもらえるのでタダ。
主なテーマは、『what is so wrong with desktop Linux that we aren't seeing a mass exodus from the security and problem-plagued OS from Redmond?(デスクトップとしてのLinuxにどんな問題があるのか?なぜ我々は、できの悪いレドモンドからの難民の群れを目撃することがないのか?)』 ※OS from Redmond = Windows
Linux(コンピューターのオペレーティングシステム)が今後どのような展開をしていくのか、Linuxを使ってどんなことができるかを各企業がアピールするプレゼンテーションのイベントなのだ。ゲストスピーカーも有名どころが来ており、企業のブースも充実していてなかなか面白かった。TシャツやCDケースなど、たくさんお土産ももらえてうれしい。
黒猫はお土産ではありません。 → 黒猫はお土産ではありません。

ところでサンディエゴのダウンタウンは、車を停めるところを探すのがたいへんだ。数時間ならコインパークもあるけれど、半日や丸一日となると、どこに停めるか非常に悩む。結局一日目は、(往)バス(復)車のお迎え(運転手J)。二日目は、Jに拒否されたため、途中のトロリー(路面電車)の駅に車を停めて、車からトロリーに乗り換えてダウンタウンまで行くことにした。こういうことを『Park & Ride』という。都心部に入る車を少なくするために、推奨されているのだ。駅には広い駐車スペースがあってタダで車を停められる。一番うちから近い、オールドタウンの駅には、かなり広い駐車場があるので、余裕で大丈夫だと思い、ぎりぎりにうちを出る。しかし、行ってみて初めて知ったのだが、平日の通勤時間ともなるとたいへんな混みようで、一台も車を停める場所がない。路駐できるスペースも全て埋まっている。ここ最近のガソリンの高騰で、車をなるべく使わない人が増えたのか。それとも、そもそも駐車スペースが足りていないのか。結局ダウンタウンまで車で行って、しぶしぶお金を払って駐車場を借りるしかなかった。
全くこういうときは、サンディエゴの公共交通機関の悪さが腹立たしい。そもそもバスとトロリーしかない。近くにバスは通ってはいても、朝だというのに1時間に2本しかないし、時間通りにこない。車で10分で行けるダウンタウンが、バスとトロリーを乗り継ぐと、なんと1時間半もかかってしまうのだ。使えんなぁ。
生まれも育ちもサンディエゴの住人(San Diegan(サンディエガン)という)は、『私は都会にしか住めないわ』などというが、ここのいったいどこが都会じゃ~。

2006年3月21日

なつかしの日本

日本に帰国が決まったKさんたちとは、名残を惜しんで、先週1週間よく遊んだ。カラオケに行き、海に行き、買い物に行き、野球観戦を一緒にした。

サンディエゴには何軒かカラオケの店があるのは知っていたが、行くのは初めてだ。かれこれ5年ぶりくらいになるだろう。九州男児夫妻行きつけのこの店は、一見ものすごくさびれていて、東京だったら一瞬にしてつぶれそうな雰囲気ではある。しかし見ようによっては、最新の曲のページに3年近く前のドラマの主題歌などを新曲として載せたり、長く日本を留守にしている人々に対してたいへんフレンドリーな選曲になっているようだった。部屋の天井には、いまどきめずらしいミラーボールを設置し、望郷の念を呼び起こす工夫が、心にくい。入り口では、何語の歌本が欲しいか聞かれ(日本語・韓国語・英語の3種類の中から選べる)、隣の部屋からはハングルの熱唱が聞こえたりするところが、外国という雰囲気を少々感じさせるが、部屋の作りなどは一昔前の日本のカラオケボックスとなんら変わりはないのだった。あー、久しぶりに歌った。

WBCの準決勝、日本-韓国戦は、Kさん夫婦と一緒に、ビール片手にテレビの前で応援した。
準決勝、決勝と日本の勝利でめでたく幕を閉じたこのWBCは、しかしアメリカ人にはいまいちの知名度なのだった。決勝の当日、知り合いのアメリカ人に、このサンディエゴで決勝戦があるが知っているかと聞いてみたところ、「アメリカ対どこの国?」などと聞いてきたくらいだ。この人たち、アメリカのことしか興味ないのね。
この見事優勝した日本チーム。その中で、アメリカで一番有名なのは、おそらく王監督に違いない。ニュースでもLegendary Home-run King(伝説のホームランキング)などと形容詞が付くくらいだしし、野球中継の合間にも、王監督の両親の国籍から、生まれ育ち、一本足打法、「ON砲」の話までかなりマニアックな解説が入っていた。アナウンサーは、なぜか王監督のことだけは、「オオサン(王さん)」と呼び(他は全員呼び捨て)、しまいには「オオコントク(王監督」などとも呼び出すので、笑ってしまった。
元気でね、こーのすけ。 → 元気でね、こーのすけ。

日本に帰るKさんは、いろいろなものを置き土産にくれたが、その一つが、なんと魚焼き器だった!焼き魚なんて、しばーーーーらく食べていなかったなぁ。さっそく焼いてみると、さすが日本の誇るべき家電メーカー、ナショナルの優秀な魚焼き器は、煙ひとつ出さずに、すばらしくきれいな焼き目をつけておいしそうに焼き上げてくれた。
煙もでないのに、なぜかいち早くそのにおいを嗅ぎつけたノアは、待ちきれずに台所でニャーニャー鳴いている。きみも焼き魚を見るのは久しぶりだねぇ。仔猫のとき以来かもしれない。ほんの少しだけおすそ分けをあげましょう。
うまひ。うますぎ。Kさんどうもありがとう。
魚のそばから離れないノア。 → 魚のそばから離れないノア。

Kさん、今ごろもう日本に着いていることでしょうね。こーのすけも無事なことと思っております。またいつか遊びましょうね~。

2006年3月17日

初めてのヒッチハイク

駐車場から学校までの道のりを、てくてく歩いていたとき。ぶぉーっと勢いよく、私を通り越していったピックアップが急ブレーキをかけた。と思いきや、突然、これまた勢いよく10メートル近くもバックしてきた。そして私の横まできて停まると、助手席の窓が開き、わりと派手な感じの若い白人女性が「カモーン!」と元気よく手招きしたのだった。

教室の近くの駐車場はスペースが少ないため、校舎からは少し離れた(200メートルくらい)遠い駐車場にいつも車を停めるようにしている。そのほうが駐車場争いをしなくていいし、広くてぶつけられる心配もないからだ。そして、そのわずか200メートルの道を歩いていると、今までにも何度か、教室の側まで乗っていかないかと車から誘われたことがある。もちろんどれも見知らぬ人たちからのお誘いだ。ありがたいが、たいした距離でもないので、いつも断っていた。

「早く乗りなさいよー。カモーン」
わざわざこんなにバックまでして誘ってきたこの人は初めてだ。そこまでするか。しかも少し遅刻気味の時間だというのに。誘っている時間があったら、あんた早く行ったほうがいいんではないかと言いたくなるが、こういうときアメリカ人はほんとうに親切なのだ。助手席のドアまで開けてくれて待っているし、断っている時間もないし、なにせ気が弱い性格なので、今回は乗せてもらうことにした。短い距離とはいえ、初のヒッチハイク体験(半ば強制的だけど)。

そういえば、家の近所でも、ヒッチハイカーをたまに見かける。たいていはハイウェイの入り口付近で、「〇〇まで行きたい」と手書きのマジックで書いてある段ボールを掲げている、いかにもヒッチハイカー風の容貌をした人たちだ。何があるか分からないので、今まで乗せてあげたことはないのだが、帰りに同じところを通ると、もういなかったりするので、けっこう乗せてもらえるのだろう。
一度だけ思いがけない道で、ヒッチハイクを求められたこともある。それは海岸の近くの住宅街。大通りに向かう急激な上り坂でのことだった。サーフィンの帰り道とおぼしき、裸足=砂だらけ、ウエットスーツ姿=びしょぬれ、の若者2人が、私の車を見つけるやいなや、突然親指を立ててきたのだった。おい、君たち。サーフィンをする元気があるくらいなら、坂道もがんばって登りたまえよ。残念ながら、うちの車には2つのサーフボードを積む場所もないのだった。あのとき停まってあげていたら、いったいどうやって乗るつもりだったんだろうなぁ、あの人たち。
というわけで、あの坂道の上まで乗せてとか、そこの駐車場まで乗せてという、お手軽ヒッチハイクをするアメリカ人もままいるのだった。でもまさか自分がすることになるとは...。

私がしぶしぶ乗り込もうとしたおねえちゃんの車の助手席は、座席の下はもちろん座席の上まで何かの書類であふれかえっていて、そこら中に空き缶も転がっていて、とにかくおっそろしく散らかっていたのだった。ど、どこに座れば...。それより何より、乗りたくない...。しかしそんなこと言ってる時間も、片付ける時間もないので、見えなかった振りをして、そのまま書類の上に座ることにしたのだった。
そして走り出すや否や、ぺらぺらと自分のことをしゃべりだし、教室の前についてもまだその話は続いていて、終わる気配は一向にないのだった。ありがとう、親切なおねえちゃん。でももう分かったから、降ろしてね。うぅぅ、やっぱり歩けばよかった。

2006年3月10日

また会いましょう会

今日は友達6人(プラス子供1)を呼んで飲み会。私とJを入れて8人。こんなに人数が多いのは久しぶりだ。例によってメニューは次の通り。
ちらし寿司
生春巻き
鶏のから揚げ
ゆで豚
焼売
キャベツの甘酢和え
メンマ
揚げピーナッツ
杏仁豆腐
差し入れ(ラムチョップ、大根サラダ、その他)
飲み会前のテーブル。 → 飲み会前のテーブル。

なんだかいかにも酒のつまみっぽい食べ物ばかりだが、実際に飲む人は3~4人しかいないのだった。飲み物も、日本酒、焼酎、ビール、ワインその他いろいろ取りそろえたが、ソフトドリンクを用意するのをすっかり忘れてしまった。自分が飲まないものはすーぐ忘れてしまうのだよね。わっはっはーだ。
いつものごとく、ソフィーはクローゼットに引きこもってしまうため、接待相手はノアの役割だ。本人もお客さま好きなので、自ら飲み会の席に出席して参加しようとする...、はずなのだが。今回は敵が2人もいたのだった。それは猫が気になって、猫に触りたくて仕方のない人たち。しかしそれでも決して逃げも隠れもせずに、立ち向かっていくところがさすがはうちのノアだ(←猫ばか)。
慎重な中国人の子供と... → 慎重な中国人の子供と...

感心なことに友人Rの子供(2歳)は、たいへん慎重な性格で、決して無理に猫に触らず、そーっと手のにおいを嗅がせ、よーく様子を見ている。急激な動きもしないし、大声も出さない。すばらしい。そして方や、またもや流血する九州男児。この人は猫アレルギーだというのに、こんなに接触してしまって大丈夫だったのでしょうか。
慎重でない日本人の大人。 → 慎重でない日本人の大人

ところで今回の飲み会は、お別れ会でもある。猫にごはんでもおなじみKさん夫妻と、九州男児夫妻がともに、今月で日本に帰国されることになったのだった。遠いなぁ。さみしー。またいつか会いましょうね~。

2006年3月 8日

クールなビール売り場

冬でも暖かいサンディエゴは、めったに寒くならないのだが、ここ最近嫌に寒い。ジャケットのひとつでも車に入れておかないと、突然の寒さに対応できない。
車の中に防寒具を入れておくのはもうひとつ理由がある。スーパーの冷蔵食品売り場が、夏でも冬でもどこもまた寒いのだ。なぜあんなに冷やす必要があるのか分からないが、とにかくがんがん景気良く冷えている。買い物に行くには、絶対上着が必要。
今日は、週末お客さまを呼ぶので、その用意のビールを物色しにスーパーへ行った。とにかく寒いのが分かっているので、かねて用意のジャケットを着込む。この日着たのはリーバイスの茶色のコーデュロイのジャケット。かなり古いものなのだけど、気に入っているのでたまに着る。厚手なジャケットは、このサンディエゴではめったに活躍の機会がないのだ。
ビール売り場に直行して、あれこれ悩んでいると、店員に話し掛けられた。
アメリカでは、スーパーで買い物してても何かと話をせずにはいられないのだ。店員はたいてい、「何か質問ある?」とか、レジでは「買いたいものは全部みつかった?」とか聞いてくる。レジでお金を払う直前でこんなことを聞かれても、Yes以外の答えがあるとは思えないのだが、買いたいものが本当に見つからない人もたまいいる。そういうときはこの段階で、平気でレジを中断してレジ係に物探しをさせるのだ。そんな大胆不敵なおばあさんを見たことがある。そんな時は、豪傑さんの後ろに並んでしまった自分を恨み、早く探し物が見つかることを祈りつつ、じっと再開を待つしかないのだった。
しかし、今日話し掛けられたのはそういうことではなかった。
「ワーオ、クールなジャケットだね!気に入ったよ、それ!」とリズミカルに話し掛けてきた黒人店員。「まるでライフガードみたいだよ!」とにっこり笑顔で去っていったのだった。
いちおう誉め言葉だと受け取って、サンキューと答えておいたが、今日は本当にどのビールがいいか質問しようと思っていたのに、出鼻をくじかれて聞けなかった...。
あたしの色に合ってるわね。 → あたしの色に合ってるわね。

2006年3月 5日

振り込む女

第3回月例徹夜マージャン大会 in San Diegoが週末開催された。いつもながら完璧な準備を整えてくださった、雀荘あづ。には深く感謝。
半荘3回の本試合では、個人でみごと準優勝だった(6名参加中)。やった!過去3回の結果は、2位、3位、2位なので、まぁそう悪くはないのだった。低め安定、という感じか。
しかし、しかし今回はショックな出来事があった。
本試合がいやに早く終わってしまったため、エキシビションマッチが続いて行われたのだった(フィギュアスケートかよ)が、そこで大会初の大技役満、四暗刻(スーアンコウ)が登場したのだった!  (※マージャンをご存知ない方のために:これはとーっても難しいめったに見ることのできない上がり手なのです。説明終わり)
この大技を繰り広げたのはJ。おしゃべりなJがいやに無口になったと思ったら、まさかこんな手をこっそり企んでいたとは。
しかも振り込んでしまったのはこの私。振り込まないのをモットーとするマージャンだったはずなのに、一生の不覚。夫婦とはいえ、勝負の世界は厳しいのだった。しくしく。
夜も明けて、意気消沈しながら家路についた私と、興奮覚めやらぬJ。明暗くっきり。家に帰っても元気いっぱいなJはまだまだ一人で起きているため、ノアと一緒にぐったりと布団に入って、こんこんと不快、もとい深い眠りについたのだった。ちっ。次はがんばるぞ。

ところで、アメリカ人はよく、金曜になると「週末はどんな予定があるのか?」、月曜になると「週末は何をしてたか?」と、まぁ社交辞令的に挨拶代わりに聞いてくる。いつも適当なことをその場で考え出しているのだが、今回は「マージャンパーティーだ」と答えたら、一人目を輝かした白人男がいた。この人はいやに日本贔屓で、妙なことに詳しかったりする。それは前にテレビで見たことがある、小さいタイルみたいなのをみんないくつか持ってやるゲームだな、などという。おぉ、よく知っていること。全部でいくつタイルがあるのか、何が面白いのか、ルールを教えてくれといろいろ聞いてくる。む、難しい。日本語でだって、そんな立ち話で簡単に説明できる話ではないのだ。ここでは説明できないほどたいへん複雑なかつ面白いゲームだと答えておいたが、なにか簡単に一口でできるルール説明はないものだろうか。うーむ。

今週の心構え

気がついたら日記を更新せずに1週間以上もたってしまった。Jには、猫にごはんが更新されていないと、いつも小言を言われる。更新する時間がないほど忙しかったわけでもないのに、書かなくなると、何を書いていいのか分からなくなって、ますます足が遠のいてしまうものだ。
考えたらWebで日記を公開し始めてから、2年以上がたつわけで(2003年12月22日開始←中途半端な日付だな)、最初の頃は毎日きちんと更新して、あった出来事をこまめに書いていたものだった。今や更新頻度も下がり、もはやこれが日記なのか、何のために書いているか、疑問に思うことすらある始末。
それでもエントリーを更新すると、こまめにコメントを入れてくださる優しい方々のおかげで、なんとかかろうじて続いているような感じだ。いつもありがとうございます。
今週はこまめに更新するようにしよっと(今週だけかい)。

2006年2月25日

ダブルバトン

Kalakaさんからまわってきた『17歳バトン』と、エミさんからの『夢バトン』。今日はこの2つを書きます。長いので、興味のない方はどうぞ無視してくださいまし。

まずは『17歳バトン』から。
1. 17歳のころ何してた?
洋楽を聞くのにはまっていたので、毎日毎日洋楽ばかり聞いていました。洋楽ならなんでも好きだった。

2. 17歳のころ何を考えてた?
深夜『ベストヒットUSA』や『MTV』を見るのが大好きで、MTVが24時間放送されているという夢の国アメリカにいつか行ってみたいと願ってました。大人になった今、たまたまアメリカに住んではいるが、一度もMTVにチャンネルを合わせたことはない(もうたいして興味がなくなっているため)...。憧れの英語の達人、小林克也さんのようには未だになれず。運命とは皮肉なものです。

3. 17歳でやり残したことは?
学校で英語の授業のとき、もっとまじめに勉強すればよかった。文法も読解力もとても大事。日本の英語教育も捨てたものではないのだった。

4. 17歳に戻れるとしたら?
恥多き青春時代たったため、特に戻りたくはない。今が一番好き。

5. 17歳のときやっていたバイトと自給は?
お歳暮シーズンに、デパートで一日中箱を包装するという地味なバイトをしたことがあります。おかげで今でも箱を包むのが得意です。自給はやたら安かった記憶があるが、社員食堂に行くのが楽しかったことを覚えています。

以上


『夢バトン』
1. 小さいころ何になりたかった?
婦警さん(今でいうミニスカポリス)。

2. その夢はかなったか?
残念ながら。

3. 現在の夢は?
好きなだけ猫を飼うこと。

4. 宝くじで3億円あたったら?
夢のようなキャットハウスを建てて、たくさんの猫と一緒に暮らす。私の憧れのキャットハウスにお住まいの方は、偶然にもサンディエゴ在住のこの方たち。素敵なお家の写真満載の本も出版されております。あぁ、一度遊びに行ってみたい。
The Cat's House (Little Books (Andrews & McMeel))

5. 夢のような世界とは?
不幸な動物が1匹も存在しない世界。

6. 昨晩みた夢は?
ほぼ毎日のように、奇怪な夢をみます。あまりにも変な夢ばかりみるので、以前枕もとにノートを置いて、夢日記をつけていたこともあります。しかし読み返してみると、頭のおかしい人のようなことばかり書いているので、以来自粛するようになりました。
夢も非常にリアルで、色・匂い・味全部備わっています。覚えている中で一番気持ち悪かった夢は次のようなもの。
<恐ろしい病原菌に侵されて、体の内部から腐っていく。手の甲の皮膚をぺろんとむくと、中からすさまじい悪臭とともに、腐った肉片と虫がうようよと出てくる。うちの家族だけがその病魔に侵されているため、その事実は長年(長いな)隠していたのだが、いつかその悪臭から近所の人にも知られることとなり、みなに白い目でみられ、いじめられる。>

以上

次なるバトンは、ここまで長いこと読んでくださったあなたに、バトンタッチ!

2006年2月23日

ジャスコの同意語

以前にも書いたが、Netflixという郵便で配達してくれるレンタルDVD屋の会員になっている。
そこには日本の映画もある。あまり邦画はみないのだが、今回はどうしても見てみたかった、matthewさんおすすめの『Kamikaze Girls』(邦題:下妻物語)を注文した。
いやー、面白かった。こんなに面白い邦画は、今まで見たことがないかも。オリジナルの『下妻物語』よりも、カミカゼガールズのほうが、タイトルと雰囲気が合っているような気すらする。これは確かにアメリカ人にも受けるだろうなぁ。テンポがいいし、配役もいいし、何より笑えるのだ。サンフランシスコでは映画館で上映されていたのだそうだ。これ、映画館で見たら、周りの反応がわかってもっと笑えそうだ。
しかし、DVDで借りてよかったところもある。難解な日本語がでてきたときに、途中で注釈が入ることのだ。その説明が面白い。例えば『ジャスコで服を買った』というセリフのときに、ボタンを押すと、映画は一時停止状態になり、ジャスコの説明が英語で流れて詳しく教えてくれる。これはもしかしたら英語版のDVDだけのかもしれない。他には『ヤンキー』や『やくざ』についての説明もあった。ちなみにジャスコは、アメリカ版のウォールマートで、cheap and casualの同意語だそうだ。笑える。さっそくNetflixをやっているアメリカ人の友人にも、この映画をおすすめしておいた。受けるといいのだが。

さて、この写真は何かお分かりでしょうか。
車の行列。 → 車の行列。

正解は郵便ポストのドライブスルー。いつ行っても、車がじゃんじゃん来ていて、みんな手慣れた様子でしゃきしゃき投函している。車の停止時間は平均1秒以下。なぜか大きさや形の違うポストが何台も並んでいるので、最初に一人で来たときは、どれに入れようかおろおろしていたら、後ろから追い越されて、前のポストに周られてしまったこともある。急いでいるときにはとても便利だ。
並ぶ郵便ポスト。 → 並ぶ郵便ポスト。

映画を見終わると、添付の返信用封筒にDVDを入れ、郵便ポストに投函しておしまい。次は何を見ようかな。

2006年2月14日

Chocolate duty

義理チョコというものをあげなくなって、もう何年経つだろう。働いていたときから、上司に年賀状やチョコレートをあげることを勝手に儀礼廃止していたが、かれこれ十年くらい前には、人並みにきちんとやっていたこともあった。日本の義理チョコ(chocolate duty)については、今日アメリカのニュースでも、イロモノ扱いで取りあげられている(※参照)。これによると、日本の60%の女性がチョコレートをあげるのは嫌だと答えているそうだが、ほんとうかなぁ。私は義理チョコはけっこう好きだった。気楽なお歳暮のようなものだし、そもそも人に物をあげることが楽しい。女性の上司にあげたこともある。何せホワイトデーという素敵な日が日本にはあるしね(もらうのは、もっと好き)。
アメリカでは、男女関係なく贈り物をする。チョコレートなどあげるのは日本だけの習慣かと思っていたが、そういうわけではない。ちゃんとアメリカにもある。もう1ヶ月くらい前からチョコレート売り場は、バレンタインデー一色で、それはそれはド派手なピンクのハートのチョコレートの箱などがどーんとたくさん並んでいた(明日になるとみんなセールになるはず)。
学校では生徒も親も先生にカードをあげたりするそうだ。そして結婚している場合は、旦那さんから奥さんに花やアクセサリーをあげたりするのが一般的なのだという。友人スーザンはちゃんと旦那さんにチョコレートをあげ、プレゼントをもらったと言っていたし、レズビアンのマーサは恋人からお花をもらったそうだ。日本のことをよく知っている彼女から、お前のうちは、アメリカンスタイル(男性から女性へあげる)か日本スタイル(女性から男性へ)かどっちかと聞かれたので、もちろん我が家はアメリカ式だと答えましたよ。Do as the Romans do(郷に入っては郷に従え)というしね。うしし。

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2006年2月10日

本を読む人

休み時間に、椅子に座って本を読んでいると、人に話しかけられることが多い。ほんとうに不思議だ。iPodで音楽を聴きながら本を読んでいる人に、普通、わざわざ話しかけるだろうか。よっぽど私が暇そうに見えているのだろうか。
話しかけてくる内容は、たいていたいしたことではなく、もちろん用があってのことではない。よくアメリカ人に聞かれるのは、「何の本を読んでいるのか?」。ねぇ、聞くでしょうかねこんなこと。日本人だったら友達でもなければ、きっと聞かないと思う。でもたぶん彼らは本当に単純に知りたいだけなのだろう、何の本か。
続いてよく聞かれるのは、「それは何語か」「どっちから読むのか」。
縦書きは右から左、横書きは左から右に読むのだというと、どうやって縦書きか横書きか一瞬にして区別ができるのかと問われる。(洋書からすると)裏側が表紙なのも不思議そうだ。そして日本語は3種類のキャラクター(漢字・ひらがな・カタカナ)があって、漢字には文字自体に意味があって、合計で何千種類にもわたる文字があって、日本人なら当然誰もが全部読めて書けるのだ(たぶん)と説明すると、それはすごいといつも感心されるので、まるで自分が発明したかのようにちょっと自慢げになったりもしてしまうのだった。

最近ずっと読んでいて、ようやく読み終わった本は『マオ―誰も知らなかった毛沢東(上・下)』。本当に読み応えがあった。文化大革命を含めて、毛沢東の悪事の限りを記録したこの本は、とてもセンセーショナルだ。著者ユン・チアンの前作『ワイルド・スワン(上・下)』もすごかったけれど、これはまさに前作を上回るパワー。10年かけて調査して多勢の関係者にインタビューしただけのことはあって、ちゃんと事実のソースを明確にしているところがいい。共産党政権下の中国のことを知りたい方にはぜひともお勧めです。

この本を読んでいる最中に、例によって「何の本だ?」とアメリカ人に聞かれたので、中国についての本だと軽く説明していたところ、ふとアジア系の女性が目の前で足をとめた。写真を指差し、「これは文化大革命(Cultural revolution)の写真ではないか」と尋ねてきた。そこには、確かに文革中の虐待されている人の写真が載っていた。う、やばっ。しかし別に私が書いた本でもないので、何も慌てる必要はないのだが、ちょっとあせった。「えーと、あなたはなに人でしょうか?」おそるおそる聞くと、台湾人だというので、ほっとした。
それから彼女はひるむことなく文化大革命のときの中国がどんなものだったのか、アメリカ人と私に対して、熱く激しい口調で、本と同じくセンセーショナルな話を語ってくれたのだった。両親が経験したというだけあって、さすがに生々しい。

ところで以前知り合いになった中国人は、政府から派遣されてアメリカに研修に来ていたDという男性で、ばりばりの共産党員だった。ESLのクラスで一緒だったDは、私の友人中国人Rのことを田舎者だとバカにしてせせら笑うような感じの悪い高飛車男だった。あるとき、尊敬する人物はという教師の質問に対して、マオ(毛沢東)だと堂々と即答していたので、こっちがびっくりして慌ててしまった。さすが教育がよく行き届いていること。

あー、やっとこの本読み終わったから、次はもっと説明が簡単な軽いのにしよっと。
マオ―誰も知らなかった毛沢東 上マオ―誰も知らなかった毛沢東 下

2006年2月 2日

ドナー登録

「白血病のA氏のために、血液のドネーション(寄付)をやっているんだよ。今日あと2時間だけ、ここでやってる」
と友達からちらしを見せてもらった。見ると、車で5分ほどの距離。時間もちょうど空いている。偶然そのA氏と適合する可能性もほとんどないだろうが、そういえば最近献血もしてないし、病気だったらついでに何か分かるかも。型が適合しなかったら、すぐに帰されるのだろうし、行ってみるか。

その仮オフィスのような場所についてみると、何だか嫌にスタッフがたくさんいる。てきぱきと事務的に、手続きをすすめられ、2ページもある質問表に回答し、血液採取の前に、医師のスクリーニングまであるという。
その医師の説明によると、なんとこれはアメリカの骨髄バンクのドナー登録なのだった。し、知らなかった。今日は友達の知り合いの白血病のA氏のために献血に来たつもりなのですが、とおずおずと当初の目的を話すと、優しく噛み砕くように教えてくれたのだった。
「白血病の患者さんはA氏だけではないのです」
それから、どんなにアメリカに白血病患者がたくさんいるか、日本人だったら日系アメリカ人と適合する可能性がどんなに高いか、またまた懇切丁寧な説明が続く。
骨髄バンクのドナー登録となると、何だかもう少し考えてからにしたいような気もしたのだが、いつでも決心を変えることができるらしいし、いい機会だから思い切って登録することにした。いざ提供するときがきても、ほとんどの場合入院もしなくてもいいし、髄液から採るパターンと、成分献血のように、普通の血管から免疫成分だけを提供するパターンがあるのだそうだ。
スクリーニングの次は、診療室のようなところへ連れて行かれ、組織テスト(tissue test)のための血液摂取。病院とは縁がない生活をしているので、注射されるのは4~5年ぶりだ。もちろんアメリカに来てからは初めて。
血液を抜いたあと、ガーゼで押さえる。そして日本だったら、小さいテープで止められるか、バンドエイドを貼られるところだが、ガムテープのような、青いテープで、腕をぐるぐる巻きにされたので驚いた。それはもうたくましい白人女医が、すごい力で巻きつけたので、そのあと肘を曲げることもできないほどだった。血が止まりそう。な、なにもちょっと注射したくらいで、こんなにぐるぐるきつくしなくてもいいのに。
はげしく腕に食い込むテープ。 → 腕に食い込むテープ。

今日は思いがけず、ドナー登録してしまったが、私のこの結果は61歳になるまでバンクに記録されるのだそうだ。この広いアメリカ、もしかしたら、すぐにでも日系人のどなたかとマッチングするかもしれないと思うと、身が引き締まるし、ちと怖い。
それにしても、クラスでこのちらしを見せられたとき、みんなで行こう!と呼びかけ、みな場所までネットでチェックして、いかにもこぞって行きそうな雰囲気だった。しかし付いてみると、知った顔はたった一人。クラスで私以外の唯一の日本人男性だけだったのだった。そして彼も同じく、今日は血液検査だけだと勘違いして来たのに、思いがけず登録することになったのだった。
アメリカで日本人の登録者はすごく少ないのですよ、と医者が言っていたが、サンディエゴで二人も今日同時に登録者が増えましたね。喜んでくれていることでしょう。いつかお役に立てる日が来たときに、病気などしていなくて、不都合なく提供できますように。

2006年1月 6日

大人の階段

マルコさんのお友達Aさん宅での月例マージャン大会に初参加させていただいた。Aさんはすばらしく準備万端な方で、各自の袋入りお菓子パックもきれいに整え、各所にゴミ箱やコースターを配置し、点数や組み合わせなども考え、雀荘のセッティングに全く余念がない。この方は日本からマージャンセットを持参してらしたのだ。すごい。
私のマージャン経験はとても乏しく、テレビゲームでしかほとんどやったことがないので、最初にパイを積んだりするのができないところがかなしい。なんて久しぶり。
結局半荘3回で、6人で代わる代わる、連続10時間もマージャンをやっていた。10時間も一つの椅子に座りつづけているなんて、普通の状況ではありえないのに、こういうときは全然平気なのがすごい。
夜がしらじらと明けはじめたばかりの一日の始まりの時間に、精根使い果たして帰宅の途につく。長時間飲み疲れたときとはまた違う、妙な達成感と連体感、おまけにすがすがしさがあるところが不思議だ。今このとき、私は徹マン(徹夜マージャン)明けなのだ、と思うと大人の階段を一歩登ったような気分。そしてなぜか翌日(当日か)、使っていなかったはずの左肩が筋肉痛で痛くなった。徹マンと何か関係があるのか。
それにしても、まさかアメリカにきてやるとは思わなかったなぁ、マージャン。あー楽しかった。
流し満貫成立直後。 → 流し満貫成立直後

2006年1月 1日

Happy new year!

アメリカにいるからたいしてお正月の準備もできないし(←言い訳)、と言い続けて、今年で4回目のお正月になった。
大晦日から元旦にかけてJと2人で作ったものは、年越しそば、太巻き、軍艦巻き、豚の角煮、煮豚、きんぴら、なます、お雑煮など。たいしてお正月料理らしくない。だらだらとさまざまなアルコールを飲みつづけて、飲んだり、寝たり、お正月が始まる前から寝正月の模様。ま、猫と一緒にまったりしましょ。
元旦の朝ご飯。 → 元旦の朝ご飯。

お正月の朝だけは、とっておきの日本酒(『雨後の月』!)で乾杯した。アメリカのテレビは日本と違って、お正月番組らしいものはないので、DVDで『24』づけになる。あぁ、頭の中からピピーッピピーッという秒読みの音が離れないー。

こんなのんきな私たちですが、今年もがんばって適当なペースで更新していきたいと思っております。
みなさまあけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
今年もよろしくね。 → 今年もよろしく。

2005年12月18日

雪みかん

何度も言いたくないけれど、本当に寒い。日本に帰ってきてから毎日、寒い寒いと口に出している。
そんな中、週末田舎へ遊びに行った。
みかんも凍る。 → みかんも凍る。

みかん狩りというのは初めてやったが、かなりの重労働なのだ。何せちょうどいい高さにばかり実っているはずもなく、高いところや腰をかがめる低いところ、内側の手の届かない奥のほう、そこらじゅうにみかんがある。みかんの木じゅう、そこかしこにみかんが実っているので、採っても採っても採りきれない。半日やっても一本の木すら終わらない。それでも、数日間だけ遊びにいって、いいのを選んで採ることは楽しくていいが、残りの大量のみかんを全部採って、選別する作業の事を思うと、農家の苦労が偲ばれる。くれぐれも、形が悪いだの、表面が汚いだの言ってはいけないよ。どんなものでも全部おいしくいただきましょう。
冷えた体には、やっぱり熱いお風呂だ。この田舎の家はお風呂が外にあるのだ。しかも五右衛門風呂だ。薪で炊いて、湯船(釜)の中に板を敷いて入る。外は雪がちらつきはじめたので、五右衛門風呂まで歩いてたどり着くだけでも決死の覚悟だ。お風呂場がまた寒いのよ。しかし外にあるおかげで、すぐ脇にたくさんなっている柚子を、惜しげもなく大量に湯船に投入して、超贅沢なもぎたてゆず湯に入れる。あつあつっ。
薪で炊くお風呂は楽しい。お風呂が沸くのと一緒に、薪の中で自家製さつまいもも焼ける。焼きいもおいしいー。こちらも熱々。
寒いから中にいれてよ。 → 寒いから中にいれてよ。

夜中にふと目がさめると、布団の中から自分の吐く白い息だけがぼーっと見える。朝起きると、一面の雪景色と水も凍る零下。水道もかちんかちんに凍ってしまった。うぅぅさぶっ。今ごろサンディエゴは暖かいんだろうなぁ。しかしそんなことを考えただけでは寒さは一向に和らがず。
東京へ向かう帰りの便は、大雪のため欠航も相次ぐ。しかし予想外にスムースに空港までたどり着いてしまい、時間が余ったので空港で10分100円也のインターネットを試してみた。そうしたら、目を疑うほどインターネットが遅いし(Yahooのメールを開くだけで1分30秒もかかった)、ローマ字日本語入力もできない(←たぶんやり方が分からなかっただけとも思われ)。1通メールを送っただけで10分たってしまった。あまりの遅さに「猫にごはん」を見てみようなどと夢にも思えなかった。ブログの更新などはじめようものなら、きっと今でも終わらなくて空港からでられなかったに違いない。ふざけるなよ広島空港。
滑走路の除雪作業を機内で待つこと約1時間。ようやく出発した。東京では人々が寒い寒いというが、あの雪景色の田舎から帰ってくると、全然暖かいくらいだと感じるようになる。

今日のうまいもの。みかん!果汁がみっしりつまったもぎたてみかんは、甘くて冷たくて口中に広がるおいしさ。やっぱりみかんは日本のものに限るわ。
太陽がぎゅっと濃縮。甘くておいしい日本のみかん。 → 甘くておいしい日本のみかん

2005年12月15日

丁寧なコーヒー

銀杏並木

外苑の銀杏並木。
もうすっかり葉は落ちてしまったが、落ち葉もまたきれいだこと。こうやって写真で見てみると、東京の景色はとても絵になる。平日なので人通りも少なく、ゆっくりたくさん写真が撮れた。たまに都会にくると、新しいお店やビルがどんどんできているのでとまどうが、こういう景色はいつも変わらない。

かわいらしいベンチ。

何がとまどうかというと、電車に乗るとき。昨日JRに乗ったら、高速のETCのように、Suica専用自動改札機なんぞがあって、ひとりおたおたしてしまった。進歩しているのね。歩くペースもみんな早いし。毎日電車に乗っていたはずなのに、なかなかこのペースに乗りなおせないものだなぁ。ぶつかっても目が合っても、にこりとしたり、話しかけたりしてはいけないよ。都会の鉄則。
特に用はないけれど、高級食材店をのぞいてみたら、牛肉100グラム2500円、ドレッシング1瓶2000円なんていうのがあって、びっくり。アメリカ人を連れきてみせてあげたい。さぞかしたまげることだろう。
お店の人が驚くほど丁寧だ。コーヒーとドーナツ1個買ったら、ものすごくきちんと紙袋に入れて、手提げ袋に入れて、コーヒートレイも敷いてくれて、口をつけるところをテープでふさいでくれて、おまけに倒れないようカップもテープでとめてくれて、最後に礼儀正しくきっちり頭を下げてくれるので、こちらが恐縮してしまう。たったこれだけの買い物で、申し訳ない。アメリカだったら袋にすら入れてくれないことだろうに。
この街の人のそっけなさと過剰丁寧さに接すると、あぁ東京に帰ってきたのだなーとじわりと実感する。

丁寧なコーヒー

本日のうまいもの、筑豊ラーメン山小屋。うまっ!

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2005年12月12日

ゆず湯

凍えそうに寒い日本。あちこちで雪も降っているそうな。もしかしたら帰国している間に雪がみられるかも。冬に日本にいるのは久しぶりだ。いつもこんなに寒かったかなぁ。かじかむ。しばれる。
日本に帰ったら何はなくとも、まずは寿司でしょ。行ってきた、築地場外の有名寿司店。しかもかなりの行列だ。店に入るのに並ぶのも久しぶり。席について、寿司が目の前にでてくると、お店の人が説明してくれる。
「こちらの醤油は軍艦巻きにお使いください」
一滴醤油、と寿司。 → 一滴醤油と寿司。

軍艦巻き専用醤油!ではなくって、よく聞いてみると、一滴ずつでてくるから上からかけるときに使うべき醤油差しなのだそうだ。1回押すごとに、0.4ccでてくる。なんて便利なのだ。なんて日本的なのだ。楽しかったから、軍艦巻き以外の、寿司やつまみにもいろいろ使わせていただいた。
こうして一度にたくさん種類のものがでてくると、目移りして、何を最初に食べるか悩む。私は一番好きなものはお腹が空いているうちに、真っ先に食べるたちなので、まずは大トロから。うしし。口に入れた瞬間、はっ、たった今ここにいた大トロさんいったいどこへ行ってしまったの?と口中探してしまうとろとろさ加減。旨っ。

夜は家でゆっくりゆず湯につかる。そういえば湯船につかるのも久しぶりだ。アメリカから帰ってくると、いつもこの日本のお湯の柔らかさに感動する。肌にまとわりつくような、ふんわりしたやわらかいお湯。日本の軟水は、湯船でためて入るのにほんとうにぴったりだ。普通にここに住んでいたときはそんなこと考えもしなかったのに、たまにだとやたらこういう小さな事に敏感になるものだ。
正しい日本の三毛猫。 → 正しい日本の三毛猫。

2005年12月 3日

散歩の理由

雲一つないいい天気。朝からまぶしい陽射しの差し込むこんな日は、朝から居ても立ってもいられなくなる。散歩に行きたい。公園を散歩したい。海岸を散歩したい。
しかし、なぜだかさっぱり理由は分からないが、Jは極度の散歩嫌いだ。「散歩に行こうよ」と誘うと、それこそ100万もの、散歩に行きたくない、もしくは行くことができない理由を即座に思いつくことができるのだ。ある意味すごい才能だ。
こんなときにいつも思うのが、『あぁ、犬がいたらなぁ』。犬がいたら、毎日毎日散歩に行けるのに。そんなに行きたいのなら一人で行けばいいと、Jもいつも言う。そりゃあね、一人の散歩もいいにはいいのだけど、誰か道連れがいたほうが断然楽しいではないの。犬がいたら、散歩に行く立派な理由ができるではないの。
そんな週末の今日、まさに散歩日より。ご近所に住むマルコさんの犬たちあんこちゃんと、たまこちゃんの散歩の仲間に入れてもらった。
「さんぽ。」
と言っただけで、敏感に反応し、尻尾を振って喜ぶ犬たち。なんてかわいらしいの。
足取り軽いたまこちゃん。 → 足取り軽いたまこちゃん

マルコさんの家の近所には、芝生のきれいな広々とした公園がある。気持ちいいー。猫もいいけど、こういうときはやっぱり犬に限るな。サンディエゴは犬を飼うのに本当に適した土地だ。公園も海岸もたくさんある。犬を連れて行ける店もたくさんある。このままここに住み着くのだったら、絶対犬も飼うのになぁ。先行き不透明な生活は辛いのぉ(←うそです)。
うめこちゃんは家でごろごろ。 → うめこちゃんは家でごろごろ

2005年11月25日

和食好き

前の日感謝祭の七面鳥を食べ過ぎたので、今日は思いっきり和食の宴をやることにした。メインは鍋。暖かい日だったので半そでTシャツなところが似つかわしくないが、やっぱり冬は鍋でしょ。
昆布とかつおぶしで出汁をとり、醤油・酒・砂糖で濃い目に味をつけただけのシンプルな鍋。具は中国人Rが半分持って来てくれるというので、和風の出汁に合うかどうか心配だったが、全然問題なかった。味付けは違えど、中国鍋とは基本的に食材も似ているので、考えることはそう変わらない。Rの持って来てくれたものは、
凍豆腐(Frozen Tofu)
乾燥豆腐(かんぴょうみたいなもの)
干し海藻(ワカメのもっと薄くて細かいもの)
大根(輪切り)
香菜
薄切り牛肉
ビーフンなどなど。
結局多すぎて牛肉は食べられなかったけれど、ね?似てるでしょう。日本の鍋に入れるものと。私が用意したのは、鶏のつみれ、焼き油揚げ、水菜、しいたけ、白菜、長ネギ、麩、マロニーなど。その他、小鉢に和食のつまみをいくつか作った。そう、なぜなら今日は日本酒パーティーだからだ!鍋と日本酒、合わないはずがない。みんな和食が大好き。2時間以上かけて鍋をゆっくり食べ、日本酒を飲んだ。うまひー。初めて飲むいう大吟醸に、中国人夫婦も舌鼓をうつ。
最後は鍋にご飯を入れておじやにして食べた。これ中国でもやるのだそうだ。
ただしい日本の宴。 → ただしい日本の宴。

教えてもらった凍豆腐(Frozen Tofu)の作り方は、普通の絹ごし豆腐をただ冷凍庫で凍らせるだけというものだった。それを常温に戻し、よーく水気をしぼって、一口大に切って鍋にいれる。食感は高野豆腐に似ている。出汁の味がよくしみこんでおいしい。今度うちでもやってみよう。
こうして感謝祭の休日は、日本のお正月のようにまったりと過ぎてゆく。あ、冷蔵庫に残ってる七面鳥どうしよ...。

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2005年11月19日

ちきちき

その後Netflixから順調にDVDが配達され、2つ目に見たのは、『Shall we dansu?』。そう。オリジナル日本版の『Shall we ダンス?』だ。英語のタイトルは、スペル違いのdansuになっている。日本人の発音がこう聞こえるからなのだろうか。リメイクされたアメリカ版『Shall we dance?』は映画館で見てとってもよかったので、日本語版も見てみたくなったのだ。比べると、リメイクは随分オリジナルに忠実に作られているのだなぁ。役所広司のイメージも、リチャード・ギアがよく雰囲気だしているし。レビューを見てみると、意外にも日本のオリジナルのほうが面白いというアメリカ人の声が多い。私は、アメリカ版のほうが、最後いかにもハッピーエンドで家族を大事にしていて、好きなのだけど。それにしても、日本語の映画を英語の字幕付きで見るのって、変な感じ。

続けて借りたのは、懐かしのこのアメリカのアニメ『Wacky Races』。
Wacky Races! → チキチキマシン猛レース

昭和40年代にテレビが好きだった子供ならきっと知っているでしょう。日本では『ちきちきマシン猛レース』という名前だった。あー懐かしい。子供のころ大好きでよく見ていた。こんなにオリジナルとタイトルが違うとは思わなかった。ちなみに、Wackyとういのは、風変わりな、とっぴな、ばかげたという意味だそう(Genius英和辞典より)。それを、ちきちき~などというとっぴな言葉に意訳しようと誰が思いつくだろう。すばらしいいい日本語タイトルではないの。あの「♪ちきちきマシン、ちきちきマシン、猛レースーぅーぅーぅーぅー♪」という有名なテーマ曲も、考えたら日本吹き替え版のオリジナルだったのだ。原作を見て何か物足りないと思ったのは、この曲がなかったからだ。相棒の犬ケンケンは、原作ではMuttlyという名前で(全然違う!)、例の「ウッシッシッシッシッシ」という特徴ある悪い笑い声はほぼ一緒。
DVDを見て初めて気づいたのだが、これはアメリカの各州を毎回めぐって自動車レースをするという話だったのだ。ちゃんと州によって、背景が変わって、出てくる人や景色、店の雰囲気も少しずつ違うのがおもしろい。それにしても何というシンプルなアニメ。なんでこんなところでこの人たちがレースをしているのか必然が全くなく、1作目から何の説明もない。この単純な内容と絵が、当時の子供心をつかんだのでしょうねぇ。
アメリカでは1968年から1969年に放送されていたようだ。アメリカでも人気があったのかどうか今度誰かに聞いてみよう。

2005年11月12日

夕まずめの成果

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今日もおだやかなサンディエゴの海。きれいな夕焼けだった。この夕陽を見ただけでも、海にいった甲斐があったというもの。

あ、いえ、決して1匹も釣れなかった負け惜しみではありません。ほんと(汗)。

2005年11月 9日

Netflix

Netflixに加入した。
これはレンタルDVD屋さんだ。ネットで好きな映画を選ぶと、翌日には郵便でDVDが送られてくる仕組みになっている。見終わったら返信用封筒にDVDを入れて、ポストに放り込むだけ。簡単簡単。返却したDVDがNetflixに届いたら、また次のDVDを送ってくれる。一度に何枚借りられるかは選べるようになっていて、毎月定額制。最初なので、とりあえず1回に1枚だけ借りることにした。月に$9.99。すぐ見て、すぐ返すとして、月に4~6枚借りることになるか。まあ充分だろう。
自分でレンタル店に行くと、見たいものを探すのに苦労するが、これだとネットでゆっくり選べるから楽だ。ドラマもたくさんあってうれしい。Jと2人で各々見たいものを、じゃんじゃんリストに入れた。順位の上のものから送られてくるので、早い者勝ちだ。むふふ。いっぱい入れておかねば。
まず第1回目。二人の合意のもと選んで、届いたのがこれ。
ブルース・ブラザース 2000 ― コレクターズ・エディション

Blues Brothers 2000
懐かしいなぁこれ。もう6年も前の映画だったのか。John Belushi亡き後、Dan Aykroydと新しい仲間で結成されたブルースブラザーズ。最初のシーンで、刑務所の前で死んだ友達を待ち続けるElwoodの姿が切ない。前作からのファンを裏切らない、テンポの良さとばかばかしさだ。まさに痛快コメディーという感じ。
前作を見た人だったら、きっと好きになるこの映画。私は随分前に日本で見たのだけれど、Jにぜひ見せたかったのだ。あー、面白かった。
次はいつ届くかなぁ。楽しみ楽しみ。

2005年11月 7日

不思議ニッポン

アメリカ人の友人から、メールが届いた。この方、うちの母親よりも年上と思われるが、たいへんユニークな方で、いろいろなことに興味をお持ちのよう。面白いニュースや写真を見つけると、知り合いみんなに転送してくれる。
最近どうやら日本のものにいたく興味をもたれているようで、先日も『The Toilet Restaurant in Japan』という件名のメールを送ってきた。それによると、今日本ではトイレレストラン(なんじゃそれは?)が流行っているのだそうだ。そこにはドアも便座もないトイレがテーブルのすぐ横にあって、メインコースは、便器を模した食器に盛られてくるのだと。これは本当の話なのかと私に聞くが、こちらももうかれこれ、3年以上も日本を離れている身。そんなの聞いたこともない。ジョークだと思いたいのですが....、とお返事してみた。

今日送られてきたのは、こんな件名のメールだった。『Japanese Ingenuity』(日本の発明品)。一緒に写真が13枚も付いてきたが、どれも頭を抱えたくなるようなばかばかしい変なものぱっかり。中では2~3枚、見たことがあるようなのもあったが、偽物?と明らかに疑いたくなるようなものも。例えばこれ。この抱き枕は確かにどこかでみたことがあるような気もする。確かに日本製かも。彼女はこれが欲しいと言っていた。
写真1 → 写真1

しかし、これなどどうよ。ラーメンを食べるときにフーフーしなくていいミニ扇風機。ほんとかなー。こんなの使うか?よく見ると、箸はいかにも中国のものっぽい柄と太さと長さ。疑わしい。
写真2 → 写真2

そしてもう一枚。電車で眠る女性の頭に付けた奇怪な代物。頭の黄色いメモには、『~次の駅で起こしてください。西荻窪』。と、そこまではまだいい。そのあと『多謝』などと書いてあるではないか。日本語じゃないわ、それは。
写真3 → 写真3

どうもこの手の日本をからかったようなネタがよく出回っている。
以前、別のアメリカ人から送られてきたメールには、『日本で流行っているスケスケスカート』などという、街中を歩く下着丸出しの日本人女性たちのあらわな写真があった。これなどいかにも合成で、できが悪かった。こんなの信じるなよ、と言いたいが、アメリカ人はもしや不思議ニッポンならありうるかも...などと思う人が本当にいるところが怖い。
中には面白いのや本物もあるのだが、何だか誰かが悪意を持って意図的に作り事をしているような気がしてきてしまうのは、気を回しすぎなのか。それとも、日本では本当にこんなのが流行っているの?!誰か教えてー。

2005年10月29日

仮装する人々

今月末のハロウィーンに先駆けて、今日はダウンタウンでおこなわれたハロウィーン仮装パーティーに出かけた。去年同様、友人スーザンたちと一緒だ。屋外のパーティーなので少し寒いが、みな平気で薄着の仮装をしている。相変わらず皮膚の強いアメリカ人。私も当初、黒のタンクトップと黒いチョーカーを付けるバニーガール風黒猫の仮装をする予定だったのだが、寒さに負けて長袖の黒猫にした。弱っ。耳と尻尾だけで許して。Jは白衣と注射器を着けてマッドドクターになった。去年麗しいネオ(映画『マトリックス』)になったソレンくんは、今年は頭に釘の刺さった人。みんな手抜きじゃ!
釘がささっていてもハンサムなソレンくん。 → 釘がささっていてもハンサムなソレンくん。

入場料を払うと、中では食事も食べ放題。といっても、冷めたピザ(←この表現どこかで聞いたような気がするが、どこだったっけ?)、冷めたコーンドック、おいしくなさそうなパスタ、などなど。うーむ。年齢制限なしのパーティーなので、アルコールは抜き。
すもうレスラーカップル。日本人の顔らしいお面付き。 → すもうレスラーカップル

凝りに凝った仮装は、見ているだけで笑える。写真を撮らせてくれというと、見知らぬ人でもとてもうれしそうに応じてくれる。今回、一番のヒットはこの人。体にシリアル(コーンフレーク)の小箱をたくさんくくりつけ、箱には血にまみれたナイフが刺さっている。さて彼は何の仮装をしているでしょう(正解は後ほど)。
左の人は『ニューメキシコ』。手書きのNEWが笑える。→左の人は『ニューメキシコ』。

ゲームもたくさんある。日本でいったら屋台のテキヤのようなものだ。ダーツ投げ、風船投げ、輪投げ、占い。どれも素朴よのう。
私とスーザンがチャレンジしたのは、BlowFish(金魚吹き?)。細長い筒のようなところに、自分の選んだ金魚を入れて、ストローで空気を送り込み、どちらが早く端っこまでたどり着くかを競うゲームだ。こういうの動物虐待にならないのかしらと、ちらりと思ったが、金魚すくいだって似たようなものだろう。見事勝ったスーザンは、何メートルにも渡る長いクーポン(もちろん偽物)をもらっていた。
Blow Fishの屋台。 → Blow Fishの屋台。

どこでも大人がはしゃいで楽しんで、たいへん盛り上がっている。素朴に楽しむことをよく知っている人たちだ。ダンスフロアの端には、孫に連れられてきたおばあさんもいた。おばあさんだってもちろん仮装している。小さいオレンジのかぼちゃの着ぐるみをつけた、おばあさんがとても幸せそうに遊んでいたので、見ているこちらも楽しくなった。
ダンスフロアで踊り狂うケチャップとマスタード。 → ダンスフロアで踊り狂うケチャップとマスタード。

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2005年10月28日

How much?

私が日々拝見させていただいている『Irregular Expression』という政治ニュースブログで見つけた、こんなサイト。
その名も、『How much is my blog worth?』(私のブログはいくら?)

このお方のサイトはたいへん有名な人気サイトなので、すごい金額がついててびっくりだが、『猫にごはん』は$11,855.34だった。安いのか高いのか、さっぱり分からない。生活に困ったら、ほんとにこの値段で買ってくれるといいなー(って売る気か?!)。


My blog is worth $11,855.34.
How much is your blog worth?

2005年10月17日

秋の旅行3日目

ワシントンDCといったらまず思い浮かべるのがこれだろう。
リンカーンの銅像。大仏くらいの大きさ → リンカーンの銅像

銅像前に広がる大きな池(Reflecting Pool)は、映画『フォレストガンプ』でガンプが飛び込んだ有名な場所だ。最近でも反戦デモのときにこの池の周辺に多勢の人が集まっていた。とても象徴的な場所なのだ。
その近く(といっても歩いて15分はかかる)にあるのが、ワシントンモニュメント。周囲にはこれでもかというほど、星条旗が張り巡らされている。いかにもアメリカですねぇ。
ワシントンモニュメント。 → ワシントンモニュメント

ポトマック川の向こう側には、これまた有名なアーリントン墓地とペンタゴンがある。地下鉄でアーリントン墓地へ行き、中を見学する。見学は墓地内のツアーバスで回る。歩くにはあまりに広すぎるのだ。マイクを持ってガイドしてくれるのはベトナムの退役軍人だという白人男性で、軍人らしくぱきぱきした英語を話す。このアーリントン墓地には、南北戦争から最近イラクで亡くなった兵士、ケネディ大統領の墓まである、それは巨大な墓地だ。
広大なアーリントン墓地。 → 広大なアーリントン墓地

無名戦士の墓の前には、警備の兵が常駐していて、ちょうど衛兵交代の様子を見ることができた。軍靴の音が高らかに響き渡る。
無名戦士の墓。 → 無名戦士の墓

ここにはもちろん第二次世界大戦で亡くなった兵士の墓も多くある。硫黄島の記念碑もある。近くのスミソニアン航空博物館には原爆を投下したエノラゲイも展示してある。パールハーバーの記念碑もある。そう、ワシントンDCの中は、どこもかしこも、第二次世界大戦で日本に勝利したことを誇らしげに展示してあるようなところがあり、見ていて不愉快になることがしばしばある。
後で知ったが、日本ではちょうどこの週末、小泉首相が靖国神社を参拝したとニュースになっていた。結局文句を言っているのは、いつものことながら中国と韓国と一部の日本人だけだというのに、日本のマスコミが大げさに騒ぐせいで、まるで世界中から非難されているかのような取りあげ方だ。同じ戦士の墓でもアメリカのこの丁重な取り扱いと比べると、首相が年に一度靖国神社に参拝するだけで非難される日本とは大違いだ。まさに勝てば官軍。戦争に負けるということはこういうことなのだなぁと感じさせられる。
靖国神社(2005年7月)。 → 靖国神社

2005年10月16日

秋の旅行2日目

ロチェスターから飛行機に乗り約1時間、着いたのはここ。
ホワイトハウス。 → ホワイトハウス。

アメリカの首都ワシントンDCだ。まずはホワイトハウスを遠めで見学。実は翌朝のニュースで知ったのだが、このあとホワイトハウスの庭で、ブッシュ大統領のインタビューをやっていたのだ。まわりで見ている一般人も映っていた。取材陣が集まっているのは見てたのに。あーもう少し待っていればよかった。
久しぶりに都会に来たという感じがする。日本でいうと永田町と皇居周辺か。ギリシアの遺跡のような巨大な建物が目立つ。
街中こんな建物ばかり。 → 102105_2.jpg

ワシントンDCには国立美術館を始め、スミソニアンなどたくさんの美術館があるがどれも無料。いろいろ行きたいところはあったのだが、何せ1つが巨大過ぎて、1日一つの美術館で過ごしても足りないくらい大きいのだ。隣の美術館に移動するだけでも、10分はかかる遠さ。しぼりにしぼって、今日は国立アメリカ歴史博物館(National Museum of American History)と国立美術館(National Gallery of Art)に行くことにした。それだけでも、もうくたくただ。
特に感動したのが、国立美術館の中世以降のヨーロッパの絵画で、それはもうすばらしい品揃え。これを見れただけでも、DCに来た甲斐があるというものだ。知っている有名な絵画の本物がここに勢ぞろいしている。もっと時間が欲しい!
道路の真ん中で撮った議事堂の写真。道路の真ん中で撮った議事堂の写真。

DC内は、サンディエゴとは違い、ちゃんと公共の交通機関が発達しているので、移動はもっぱら地下鉄だ。久しぶりに1日中歩き回って、疲れたー。
地下鉄もどことなくおしゃれ。 → 地下鉄もどことなくおしゃれ。

2005年10月15日

秋の旅行1日目

ニューヨーク州の北端、カナダとの国境近くに住む友人を訪ねて、夜行便に乗った。金曜の夜に飛び立ち、土曜の朝に目的地に着く夜行便はいつも混んでいる。できるだけ時間を有効に使おうと思うと、旅行の出発はいつも夜になってしまうのだ。しかも今回は超格安チケット。贅沢はいえません。
ロチェスターの空港で友達は待っていてくれた。車に乗り、いざ出発。ここには見るべきものは何もないとのことなので、そのまま素通り。きっとロチェスターになど、もう2度と来る機会はないに違いない。
道は、緑が濃く、空気がしっとりしていて、乾燥した砂漠のサンディエゴとは大違い。ハイウェイの道路標識に『鹿に注意』の看板があるのもとても新鮮だ。そして、道々、ほんとうに大きな鹿が何頭もひかれていたのでびっくりした。この辺りでは、全然珍しくない光景なのだそうだ。
カナダの国境は、メキシコとは違い、しっかりマジメにパスポートチェックをする。カナダ側に着くと、人も家も少し違う。こじんまりとした家はよく手入れされ、ぴかぴかに磨いた窓ガラスから、きれいに整頓された家の中がよく見える。広い芝生。庭先の大きな木に吊るされたブランコ。小さな小川。あざやかな紅葉。明るい色の手編みのセーター。まるで赤毛のアンの世界のようではないか(←勝手にイメージをふくらませている)。
かわいらしいワイン樽。 → かわいらしいワイン樽。

アイスワインのワイナリーを巡り、続いて、目的地のここ。
ナイヤガラの滝。 → ナイヤガラの滝。

予想に反して、案外街中に滝があるのでびっくりしたが、さすがにすごい。滝とは思えないほど大きい。近くで見るために、滝のすぐ近くまで行く船に乗る。
びしょぬれの人々。 → びしょぬれの人々。

実は前日から、ナイヤガラの滝の中に、新しく買ったばかりのカメラを落とすのではないかという、嫌な予感がずーっとしていたので、船に乗るのは心配でならなかった。しかし、もちろん落とすことなく無事帰還。滝のぎりぎりで写真を撮ったので、水しぶきがすごかった。どれくらい滝の近くまで行くかというと、これくらい。
滝つぼに吸い込まれそうになる小さな船。 → 滝つぼに吸い込まれそうになる小さな船。
滝の裏側。 → 滝の裏側。

夜になると、滝は一面ライトアップされる。とてもきれい。しかし寒くてあまり外にいられなかった。夜の気温は10℃程度。普段温暖なサンディエゴにいると、こんな温度でもとても寒く感じるものよ。
ライトアップされるナイヤガラの滝。 → ライトアップされるナイヤガラの滝。

2005年10月13日

続 Fedexいいかげんにせい

昨日の消えたFedexの続き。
あれだけ怒ったのに、結局Fedexからは何ら連絡はない。2つの荷物のうち、1つは何とか手元に届いたからいいようなものの、もう1つの荷物はいったいどうなる?Fedexが不在通知を入れたのは、うちと間違えられた別のお宅。今日もそこに配達するつもりなのか?
ところが...、事態はあっけなく終わってしまった。
午後になって、ぴんぽ~んとベルが鳴り、何食わぬ顔でFedexのおっさんが荷物を抱えて立っているではないか。「は~い、元気かい?」などと悪びれた様子もない。
「あなた、昨日も配達に来た人?!」
と即座に鋭く問い詰めるも(←たぶん全然鋭くとられなかったと思われるが)、「No」と一蹴され、あえなく撃沈。別の人なら、これ以上何の文句言っても、またI don't knowと言われるだけだし(←気が弱い)。まぁ、いいか荷物は二つとも無事届いたし。
それにしても、ちゃんと届くかどうか不安だった分、今となっては届いてくれただけでもありがたいと感謝してしまうから不思議だ。アメリカに来てから随分性格が丸くなったものよ。結局またもや、Thank youで締めくくって終わり。

荷物の中身は、これ。じゃーん。新しい黒猫。
じゃなくって、新しいデジカメ!とうとう手にしたデジタル一眼レフカメラ、ニコンのD50
新しいカメラで撮ってみた黒猫。 → 新しいカメラで撮ってみた黒猫。

やったー。どうよ。これさえあれば、難しい黒猫もばっちり。って、今までとあまり変わりない?こ、これから練習しまーす。
しかし、何度も言ってくどいけど、このカメラが別の人の家の玄関先に半日放置されていたなんて、何てことだ。あー、見つかってよかった。そして今日無事に届けられたのが、外付けストロボ。こっちも届いてよかった。
ソフィーの毛穴もばっちり。 → ソフィーの毛穴もばっちり。

さて、この新しいカメラを持って、週末旅行に行ってまいります。4日くらいブログ更新しませんが、その間いっぱい写真を撮ってきまーす。

2005年10月12日

Fedexを探せ

今日絶対来るはず。
楽しみにしている荷物2つが、そろそろ届く予定なのだ。荷物のトラッキングナンバーが事前に分かっていたので、Fedexのサイトで確認したら、はるばる東海岸から、すでに地元の集配局までたどり着いている。もうすぐ、もうすぐ。配達予定日の午後、Jからメールで指令が飛ぶ。イエデ、タイキセヨ。
しかーし、待てど暮らせど誰も何もこない。夕方近くなり、もう一度Fedexのサイトで確認すると、なんと!もう配達済みになっているではないかっ!ステータスは、
『Left at front door. Package delivered to recipient address (玄関の前に置いた。荷物は受取人のもとに配達済み)』。
おいおい。
慌てて玄関を開けるが、どこにも何もなーい!

こういう配達の仕方、アメリカでは非常に一般的だ。誰もいないと、荷物は玄関前に放置される。アパートの管理室に預けてくれる配達の人もたまにはいるが、たいていそのまま置き去り。『玄関マットの下に置いた』などのメモ書きがあったこともある。確かにそこにあった。しかし、50センチほどの厚みのある大きなダンボール箱は、全然マットの下には隠れず、堂々とはみでて、かえって目立ちまくっていたのだった。こんなのわざわざマットの下に入れるなよ...。
この辺りは、治安の良い地区だし、心配はいらないとは思うが、無用心だなぁとそこらに放置されている荷物を見るたびに不安に思うのだった(ほら、この間自転車盗難事件もあったことだし...)。
しかも今日待っている荷物は、おそらく過去我が家で配達してもらった荷物の中でも、最も値段の高いもの。がーん。いったいどこへ行ったの~。もう一つ来る予定の荷物のステータスは、『不在のため、再配達予定』とある。なぜ一つだけ持って帰る?両方とも時間は、午後2時過ぎだ。絶対家にいた。間違いない。
即座にFedexに電話する。怒りまくって電話したものの、こういう苦情の電話のあしらいは、アメリカ人オペレーターは本当に上手い。何せ、決して謝らないのだ。日本だったら、「申し訳ありません」という謝罪の言葉の一つや二つ必ずあるはず。そしてその謝り方、その後の対応などにより、クレームをつける客の怒りをますます煽ることにもなりかねない。しかし、アメリカ人は違う。
「荷物はどこに行ったの?!玄関前になど何もない!家で待ってたのに!」
と怒ったところで、冷たく言われるだけ。
「I don't know.」
まぁ、そりゃあそうなんだよね。このオペレーターのお姉さんが配達したわけじゃないしさ。そりゃあ知らないのが当然だよね。
オペ「見つかったら、再配達してやる。いつがいいか?」
私「でも玄関前に荷物などないし、盗まれたかもしれない。見つからないかもしれないじゃないの!」
オペ「そうかもね。(It's possible.)」←ほんとにこう言った。きーっ。
二の句のつけようがないとはこのこと。冷静に対応されると、確かに、この人に怒っても意味のないことだという気にさせられる。連絡先を言え、お前のために私からドライバーに連絡してやると、恩着せがましく言われ、結局最後には「Thank you」とこちらがお礼を言ってしまうという情けなさ。
案の定、待っても待っても、折り返しの電話なんかかかってきやしない。うきーっ。

しかし夜もふけた頃、電話がなった。
「は~い。私近所のものだけど。今家に帰ったら、あなたの荷物がうちの玄関の前に放置されてたわ。お知らせしようと思って電話したの」
番地を聞いたら、確かに近所だけど、全然違う番号じゃ。なんで間違えるかなぁ、Fedex。あぁ、それにしてもご親切な近所の方。いい人でよかった。取りに行くと、荷物のほかに、もう1つの荷物の不在通知も、誤ってこの人の家に入っていた。
優しいこの近所の人のおかげで、無事一つ荷物は手元に届いた。それにしても未だに連絡のこないFedex。見つからないといったら、どうするつもりなのだ。そしてもう一つの荷物はいったいどこへ行く?
<翌日に続く>

2005年10月 9日

ウサギ男の呪い

見てきた見てきた!
週末封切りになったばかりの「Wallace & Gromit(ウォレスとグルミット)」の最新長編映画、『The Curse of the Were-Rabbit』。
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ウォレスとグルミットといったら、2度のアカデミー賞に輝く、クレイ(粘土)アニメの名作シリーズ。 過去の3作は、30分余りの短い映画だったが、どれもとってもできがよく、1作目など制作に6年を費やしたという大作だ。ニック・パーク監督の前作(シリーズ外)『チキンラン』はあまりの変わりようにがっかりしたので、今回もどうかと思っていた。しかし、しかーし。いいですねぇ。いかにもの粘土の質感や、こまごました小道具の凝りようや、動きがとてもいい感じ。あーかわいかった。すごく面白かった。まだ頭の中に、例のテーマ曲が鳴り響く♪チャーララ、チャーララ、チャチャーン♪
ノアとグルミット。「乗せるなよ」 → 乗せるなよ。

映画のタイトル『Were-Rabbit』というのは、WereWolf(オオカミ男)からきた言葉で、ウサギ男という意味だ。The Curse of the Were-Rabbit で、直訳すると『ウサギ男の呪い』となる。しかし、日本でのタイトルは『野菜畑で大ピンチ!』になるそうだ。内容的には合っているのだけれど、こういう日本語と英語で全然違うタイトルの映画は、外人と話題になったときに原題が思い浮かばなくてとても困る。以前、『愛と青春の旅立ち』という昔の映画のことを話そうとしたが、原題を知らなかったため、いくら説明しても全然分かってもらえなかったことがある。その時は、おまけに主役のリチャード・ギアの名前さえ思い出せなかったし(泣)。正解は『An Officer and a Gentleman 』。次は忘れないようにしよっと。
ソフィーとグルミット。「乗せないでったら!」 → <br />
乗せないでったら!

映画館は、日曜の昼過ぎだったせいもあり、子供連ればかり目立った。日本だったら、子供よりも大人の観客が多いだろうになぁ。この映画、日本では来年の春公開予定だそうだ。どうぞお楽しみに!
かぷっ。 → かぷっ。

ふわりふわり

いいお天気の日曜日。近所の海岸までドライブに行く。
近くには、きれいな芝生が続く海岸があったり、砂浜の広い海岸があったり、いろいろあるが、いつもいく場所は決まってしまう。今日はJも一緒なので、めずらしく初めての海岸へ。
ここはグライダーのメッカだ。パラグライダーも、ハングライダーもある。色鮮やかなグライダーがふわりふわりと、空に浮かんでいる。きれいだ。ぼーっと眺めているだけで楽しい。

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飛び立つときは、思ったよりもずっと頼りなく、よたよたと崖に向かって歩いて助走もない。そのまま崖から落ちてしまうのではないかと、眺めているこちらが心配になるほどだ。ひきかえ、帰ってくるときは、かなりの安定感でふんわりと芝生に着地する。みなとっても上手だ。ここでは、インストラクターとともに、試し乗りができるそうだ。いつかやってみたいなぁ。
見ていると、ピックアップにグライダーを積んで、一人ですっとやってきて、芝生で広げて、さっと飛び立っていく女の人もいる。かっこいい。アメリカ人は手間をかけずに遊ぶ方法を本当によく知っている。

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2005年9月26日

飲み過ぎ注意

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思いっきり斜めになってます。

これは、以前にも紹介した『トリビアの泉』で見たネタだ。それによると、コーラが残り1/3になると斜めに立つのだそうだ。
前に録画を見てから、以来何度もJの飲み残しを立てているが、おかしなことにほぼ100%、毎回ちゃんと斜めになる。今日は偶然、2人で別々にコーラを飲み、飲み残して放置されていたものを、試しに立ててみたら、なんと2本とも見事に斜めになったのだった。
実はこうして写真に撮ったあとに、缶が倒れ、コーラが少しだけこぼれてしまった。そうしたらもう決して立たなくなったのよ。なーんて微妙な具合にいつも残すのだ!というか私たちには、この大きさは、量が多すぎるということなのだろう。2/3サイズの小さい缶があったらいいのに。
いや本当は、小さい缶も、探せばアメリカでも売っているのは知っている。しかし、この350mlのほうが圧倒的に安いので、こちらを買ってしまう。毎回飲み残しを捨てるのも、もったいない話だが、まぁコーラなら捨てても良いか、という気になるから不思議だ。ちなみに値段は、安売りのときに買えば、1本20円以下。さすが本場アメリカはとても安い。
そういえば子供の頃、コーラを飲むと歯が溶けると脅されていたが、あれは何だったんだろうなぁ。Jなどほぼ毎日コーラを飲んでいるが、全然大丈夫そうだ。
いちおうダイエット中なので、飲んでいるのはダイエットコーク。ほほほ(汗)。
ダイエットコークになります。 → ダイエットコークになります。

2005年9月 4日

夜の動物たち

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すごくわかり難いけれど、この写真は、夜の動物たち。サンディエゴ近郊にある、Wild Animal Parkという巨大なサファリパークタイプの動物園が、夏の間だけ夜10時まで動物ツアーをやっているのだ。その名もNight Zoo。
この動物園は郊外の山の中にあるので、周りは非常に静かで、空はそれこそ星が降ってくるのが見えるほどの真っ暗闇だ。
そろそろと夜の動物ツアーが開始される。最小限のライトのみを残して、暗い電車が1時間かけて、暗闇の動物園の中を1周する。観客に要求されることは、フラッシュをたかないことと、静かにしていること。
暗くてよく見えないだろうと思っていたが、確かにあまりよくは見えない。しかし、澄んだ冷たい夜の空気の中、ぼんやり映し出される野生動物の姿は、とても美しく、生き生きして見える。動物園は夜のほうが断然きれいなのだ。象の美しいこと。絵のようにきれいな鹿たちだこと。

あまり動物ははっきり見えなかったので、夜な夜な暗いベランダを徘徊する、我が家の野生動物の写真をせめて一枚(←全然関係ない)。
夜のベランダにいる野生動物。 → 夜のベランダにいる野生動物。

ところでサンディエゴ動物園といえば、何度か紹介したが、ホームページでパンダのライブ映像が公開されている(←けっこう気に入っている)。今日久しぶりに見てみたら、なんとパンダだけではなく、白熊ゴリラまでライブカメラがついているではないか。でも何度見ても、パンダ以外の動物は留守中の模様...(泣)。みなさま、お暇なときにでもご覧くださいまし。先月生まれたばかりのパンダの赤ちゃんが見れるかも~。

そういえば、野生の鹿の群れは、全員違う方向を向いて休むのだと、ツアーのガイドさんが教えてくれた。決して仲が悪いからではない。敵をすぐに発見するためなのだ。あら、うちもいつもそうだったのね。
外敵に備える猫たち。 → 外敵に備える猫たち。

2005年9月 3日

淳子の呪い

食べ物の話を先に書いてしまったが、ロサンゼルス行った目的はご飯を食べにだけではなく(半分は食べるため)、美術館に行くことでもあった。
今回初めて行ったロサンゼルス・カウンティー美術館。西海岸最大の美術館といわれているだけあって、敷地はかなり広い。私の好きな印象派の絵画は思ってたよりも少なくて残念だったが、イスラム・アジア・中米などなど、普段見られないような世界中の美術品が並べられている。
しかしながら、比較的空いている美術館の中で、一番混んでいたのは、『Netsuke museum』。そう『根付け』だ。あの江戸時代に、印籠や煙草入れに組紐で繋いで、つけていた飾り。この美術館には日本館だけ別に独立した建物があり、その中の根付けコーナーには、なぜかけっこうな人だかり。小さな精巧な根付けが、ガラスケースに入ってずらりと並んでいる。丁寧に一つ一つながめて、驚きの声などあげている人たち。私もこんなに大量の根付けを見たのは初めてだ。こういうのって、確かに外人受けするだろうなぁ。
考えたら、これって今の携帯ストラップと何ら変わりないのだ。アメリカ人で携帯にストラップを付けている人など見たこともないが、日本ではたいていの人が何か付けているではないか。昔からずっと日本人の好みは変わってないのだ。携帯ストラップも、数百年もたてば結構な貴重品になるかもしれないですぞ。
ずらりと並ぶ根付け。 → ずらりと並ぶ根付け。

ロサンゼルスのダウンタウンを出た後は、海沿いへ向かって車を走らせる。30分ほどで、一度行ってみたいと思っていた、あそこへ着いた。
♪きて~、きて~、きて~、きて~、さんたも~にか~♪(←ふるっ。年がばれる!)
ピア(桟橋)の上には遊園地。 → ピア(桟橋)の上には遊園地。

いかにも西海岸の海沿いのにぎわった町らしく、ビーチもピアも活気があって人出が多かった。今回はあまり時間がなくてゆっくり遊べなかったが、移動遊園地やカーニバルがでていて、観光にぴったりなとても楽しそうなところだった。今度誰かが遊びに来たときに、また行きましょ。
しかしサンタモニカへ行く前から、行ってからも、帰りまでもずーっとこの歌が頭の中を駆け巡っていた。いったい何年前の歌じゃ。今日は一日中、サンタモニカという言葉が会話にでてくるたびに、♪きて~、きて~♪と、何かのスイッチが入ったかのように歌いだすJ。これからもサンタモニカのことを考えるたびに、こうして脳裏に深く刻まれたこの曲が流れると思うと、空恐ろしい。60になっても、80になっても続くのだろうか。ひ~。まさに三つ子の魂百まで。
脳裏に刻まれるサンタモニカ。 → 脳裏に刻まれるサンタモニカ。

2005年8月31日

出発のとき

友人Lがサンディエゴを離れる日がきた。
Lが8年越しの超遠距離恋愛を実らせて、とうとう結婚したのはこの3月のことだ。しかし事情があって、まだ新夫(←にいおっと?)とは一緒には住んでいなかったのだ。結婚相手は日本人なので、Lは今日いよいよ日本に向けて旅立つことになった。
耳の聞こえない、アメリカ英語の手話しかできない、筆談ももちろん英語しかできないあのLが、日本でどうやって生活していくのか、不安でならない。電話もかけることができない日本で(カリフォルニアには、耳の不自由な人専用の24時間無料オペレーター電話がある)、何かあったらいったいどうするのだろう。
しかし、そんな私の心配をよそに、本人はいたって平気な様子。この人は本当にたくましい人だ。まぁ、行ってしまえばどうにかなるのかもしれないけれど...。
最後なので、サンディエゴ空港まで見送りに行くことにした。Lの家の前では、めったに姿を見かけることのないLのお母さんもいた。このお母さんは生粋のベトナム人で(Lはベトナム人とアメリカ人のハーフ)、あまり外人と話すのが好きではないようで、まともに会話をするのはこれが初めてだ。
ベトナム訛りの強い英語で、「私はこの娘がとても心配なのだ」と私の肩を抱きながら、涙ぐむ。そうだろうよ、私も心配だ。長いこと母娘二人だけで暮していたのだもの。お母さんも寂しくなるだろうなぁ。
Lとはアメリカに来てからわりとすぐに友達になり、もう3年の付き合いになる。よく泊りにもきたし、一緒にベトナムにも旅行に行ったし、喧嘩もした。私にとって、友達といえる初めての外国人だった。行き先は日本だとはいえ、もう当分会えないと思うと、私もとてもとても寂しい。

一緒に空港まで行こうと、何度も勧めたが、お母さんは行きたくないと首を振る。泣いてしまうからだと泣きながら言っていた。それを見て、私も思わずもらい泣きをしてしまう。車に乗り込む前に、お母さんはお礼にと、冷たいビニールの包みをもたせてくれた。
淡々とすすむチェックイン。 → 淡々とすすむチェックイン

サンディエゴ空港はいつも通り空いていて、手続きはあっけないほど簡単に終わり、とうとうゲートへ向かう時がきた。セキュリティーをくぐって、振り返ったLは最後に
「Thank you. I love you.」
と笑顔で手話をしてくれた。

さようなら、L。日本でどうか辛い目にあいませんように。幸せになるのだよ。

お礼にもらったエビとフォーの麺。 → お礼にもらったエビとフォーの麺。

2005年8月25日

焼きマシュマロ

友人スーザン一家に誘われて、海辺でたき火(bonfire)をした。
この辺りにの海岸には、たき火用のファイヤースペースがたくさん設けられており、週末は場所取り合戦でたいへんなほどにぎわっている。火を燃やして何をするかというと、そう。アメリカ人の大好きなマシュマロを焼くのだ。たき火の招待メールには、BYOMS (Bring Your Own Marshmallow Stick)と書いてある。もちろんマシュマロスティックなんぞ家にはないので、代わりにコーラやポテトチップスを持って、夕暮れの海岸へ。
焼いてる焼いてる。
夕暮れの海岸で、熱心にマシュマロを焼く。 → マシュマロを焼く

長い木の棒の先にマシュマロをさして、ゆっくりと直火であぶる。焼いたマシュマロを食べるのは初めてだ。そのまま食べるよりも、とろりとして、粉々感がなくておいしい。
焼いたマシュマロは、別の食べ方もある。グラハムクラッカーで焼きマシュマロを挟み、間にハーシーズのチョコレートをどーんと半分そのまま入れるのだ。もう、それはそれはこってりして、甘くって、ねちょねちょして、いかにも虫歯になりそうで、しかし案外おいしいのだ。この食べ方の名前は『Somemore』。その名の通り、「もっと、どう?(some more?)」と勧められたが、1つでもうたくさんなのだった。Somemoreは、白ワインと一緒に食べるとけっこういける。
これが、somemore。 → somemore

ちなみに、このマシュマロスティック、マシュマロスティック用として店で売っているのだそうだ。本当にみんな持ってるからすごい。こんな立派な串と、たき火があったら、鮎の塩焼きができるのにね、と残念がるJと私。今回、その他に焼いたものは、ホットドックのみ。うーん、惜しまれる。

今日私たちが持ってきたものは、もう一つある。先月日本で購入してきた、お土産の『ロートジー』だ。以前、「アメリカの目薬はただの水のようだ。日本のもののほうが断然良い」と話したことがあるので、ぜひ試してもらいたくて、買ってきたのだ。
さっそく使ってみる、スーザン他数名。ロートジーを射した途端、「Oh, my Gooooood!!!!」と、気持ちよく悲鳴をあげてくれる。各々、もう目が開けられない!目が潰れた!などと大騒ぎ。これだけ喜んでくれると、買ってきた甲斐があるというものだ。あまりに面白かったので、その様子を1枚パチリ。
大人気、ロートジー。 → 大人気、ロートジー

大人8人(含む友達)、子供(若者)4人で、たき火を囲んで、話をし、ゲームをし、太鼓を叩き、夜がふけるまで遊んだ。それにしても、なんて仲の良い家族なのだ。この一家は、特別なのだろうか。それとも、これがアメリカの平均的な家族なのだろうか。おじいさん、おばあさんもティーンエイジャーの孫たちも、みんなで集まって、親しく話し、にぎやかにたき火で遊ぶ。日本でもこんな仲の良い家族がいるのだろうか。この人たちに合うたびに、毎回不思議に思うのだった。
たき火と太鼓。 → たき火と太鼓

2005年8月22日

おむつの秘密

友人Rがお昼ご飯を食べに来た。今日はRが来たらぜひとも見せるよう、Jに頼まれていたものがある。それはある日本の番組の録画。その内容の一部が本当に正しいのかどうか、聞いて欲しいというのだ。
その番組とは『トリビアの泉』。日本では随分前に放送されたものらしいが、トリビアの内容は、かなり衝撃的だ。
『中国では赤ちゃんがおむつをはく代わりに股間だけ切られたズボンをはく』
これを見て、たいへん驚いたJと私。でも、まさか未だにこんなことやっているはずもなかろう。中国の田舎のごく一部でやっている人がいるだけに違いないと、口々に感想を述べた。映像では、道端や家の中で、お尻の部分が大きく開いたズボンをはいたまま、小さな子供が大や小をしている様子が、モザイクで映っていた。つまりズボンを下げずに、そのまま用を足している。いわゆる垂れ流し。画像はこちら
友人Rは生粋の中国人だ。理由があって、今は息子を中国にいる自分の母親のもとに、預けている。お昼ご飯を食べた後、さっそくこの番組を見せてみた。気を悪くしてはいけないと思い、おそるおそる内容を説明する。
「あのね、これはね日本のバラエティー番組で、たまたま中国のネタをやってたのよ。でもね、ほんとかどうか分からないから、ちょっと見て欲しいのよ?あ、たぶんね、私はウソだと思うんだけどね。バラエティーだからさ、大げさにやってるだけだと思うんだよね。シリアスな番組じゃないからさ、ほんとに」
コメディーや日本のアニメが大好きなRは、見たい見たいとうれしそう。しかし、このネタが始まったとたんに、真剣に見始め、たまに眉などひそめたりする。やばっ。怒ったかも。見終わってはっきり言った。
「Yes, it's true!」
うわー、ほんとのことだったか。しかも、今中国にいる彼女の息子も、まさにこんなズボンをはいているのだそうだ。彼女の説明によると、この穴開きズボンは、オムツを取る時期、子供にトイレを教える訓練をさせるためにはかせるのだという。だって、家の中でそこら中に用を足されたら、その掃除のほうがもっとたいへんだろう。いいのか、それは?ズボンやお尻だって、汚れるだろう。いいのか、それも?
しかし、それでいいのだ、と大きく頷くR。おむつを洗う無駄な時間もはぶけるし、道端ならどこでしても問題ないし、家は掃除すればいいのだという。この穴開きズボンのおかげで、中国ではより早く、子供におむつの習慣を止めさせることができるのだと胸をはる。うーむ、恐るべし中国4000年の歴史(あれ?6000年だったか?)。
ちなみに息子がアメリカに戻ってきたあとは、どうするのか聞いたところ、もちろん普通の紙おむつを使うと言っていた。現実的な人である。

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ところで、この番組はアメリカでも放送されている。タイトルは『Hey!Spring of Trivia』。内容はそのままで